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2012年でした / 2012年1月9日
こちらはご無沙汰だけれど、最近はもっぱらposterousを利用している。こことの棲み分けも考えているものの、考えているだけでそのままになりそうな予感。というより、もうすでに、なっている。

2005年末から続けていることを考えると、いささか惜しい気がするので、こちらはこちらでこうやってズルズルと書いていくのが、いいのかもしれない。

そんなんだから気がついたら新年が明けてもう軽く1週間を越えてしまったりしている。年月の移ろいは律儀すぎて、ちょっともうついて行けなくなってしまっている。2012なんていう数字を見ても、いまいちピンとこない。だって、2012年ですよ、にせんじゅうにねん! 2001年宇宙の旅とか2010年宇宙の旅とか、過去なんすよ! 遠い未来のことだと思っていた2012年に気がつけば到達していたというのは、狐につままれたような、なんだか釈然としない感覚がある。きっと日々をあまり考えずに通り過ぎてきていたからのかもしれない。そんなつもりはなかったんだけれども。こんな調子で気がついたら3025年とかになっていたら、ぼかぁ嬉しいな。

去年の年越しも大概だったけれど、年々、こうしたことに疎くなっていき、一年の中に起伏がなくなって歳月を数えなくなってしまうという悪い傾向にある。就学児童でもいれば、一年に起伏は嫌でも生まれて、メリハリがあるものだろうけれども、そういう切っ掛けがないと本当に疎くなってそのまま消えてしまうのではないかという錯覚にすら陥る。それに対して危機感はないのだけれど。

この時期は不用意に過去を振り返ってしまう。未だ見えない未来は、過ぎ去った時間の積み重ねの結果に到達して経過するもので、目に映る事象は常に過去の景色だ。立ち止まれば、つい過去のできごとをあれこれ呻吟してしまうので、よろしくない。区切りにあたる年末年始はそういった傾向が顕著になるので、あまり考えたくない。過去は冷酷で思い出は美しいものだ。美しい思い出だけを見ていたいものだけれど、そんなことをしていたら思い出に溺れ、死ぬ。冷酷な過去は、振り返ってしまえば、それだけでもう一歩も動くことができなくなるほどに重い。目を背けていても、背中に張り付いているものだから、わざわざ振り返る必要などないほどに重なり合ってしまっている。

気がついたら年が変わっていたという気楽さは良いものだ。そうでない年もあったし、こういう年もある。繰り返される年月は、繰り返されると思っているうちに少しずつ変わって、大きく変わってしまってから気づく。結局、同じだと思っているのは錯覚で変わらずにはいられないのが営みだった。年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。花は、己の姿を比べることはないけれど、人はそうしてしまうもの。いったいどれだけの時間を越え、いったいどれほどの事を成したのだろうか。きっといろいろ失くしていって今ではもう何もわからない。わかってしまったら、きっとそれの前に膝を折り二度と立ち上がれないのかもしれない。だから、わからないままで、いつ終わるともしれぬ現世に興じるようにできているのだろう。

いろいろあるけれど、せめて健やかに過ごしたいものです。