胃袋 / 2005年11月30日

痩せの大食い大食漢だった私ですが、すっかり普通になって丼もの1杯で満腹です。以前は、これにうどんなどの汁物も楽に平らげていたのですが、そんな胃袋もなりを潜めてすっかり人並みになりました。食べる量が多くても燃費は悪いもので、4、5時間もしたら既に空腹感を感じていましたが、食べる量が減っても空腹を感じるまでの時間は相変わらず4、5時間ということは燃費が良くなったと言っていいのでしょう。
体重を気にせず、美味しいものを好きなだけ食べることができたのは幸せだったんだと今になって思いますが、ケーキなど特に好きな甘いものが食後にある場合は、別腹と称して食べます。入ってしまいます。別腹は英語で言うとcake hole。ケーキ専用の穴なんです。
今日は食後にケーキもなんにもないので、ケーキホールの出番はありませんが、美味しいものを食べて満腹感を抱えながらうつらうつらなんかしてたりすると、わりと幸せです。
今がそんな状態。
遅い紅葉 / 2005年11月29日

なんだか紅葉がずいぶん遅れていました。先週の日曜日が休日で一番の見ごろだとかで、京都や奈良は混んだようです。確かに出雲や橿原に行っても、紅葉はチラホラとしか見れずおぉ紅葉だなぁという印象は全然ありませんでした。
紅葉といえば萌える紅葉(もみじ)や楓、銀杏(いちょう)だと思います。銀杏は銀杏(ぎんなん)が臭いですがこれはこれで秋の香りでもありました。あとはカサカサと風に吹かれて踊る落ち葉たち。色鮮やかな落ち葉の中を歩くのも気持ちよく、落ち葉の下の土のやわらかさを感じながら秋を肌で感じでいました。
どういうわけかこのところはまったくそういうことを感じることはありません。都会だからということもあるのだと思いますが、落ち葉は速やかに片付けられ、銀杏も気が付いたら無くなってますし、土はなかなか踏めません。
あったものがないから寂しいというわけではなく、日本人の情緒を育んできた環境が無くなっていき情緒が育まれなくなっていくことに寂しさと恐怖を覚えます。人間性から情緒がなくなるというのは、きっと頭で考えるよりもずっと怖いことなんだと思います。
空腹 / 2005年11月28日

空腹のときは気が尖がります。尖がっていないような人でも尖がっているようで、さっきまで拗れていた話が食事をしながらしていたら嘘みたいにするする溶けていくということはままあります。空腹の時はいいものもできません。食事は動物的本能が主体ですので、どうしても邪魔されていますのです。
だから、お腹が空いたら速やかに食物を摂取するのです。御飯を食べるのです。食事は文化でもあります。咀嚼はどうしても本能的な行為ですのでそれを文化として高めるために作法があります。お行儀よく食べるのは、人間として当たり前のことです。食べ方やお箸の持ち方ができていないと、お里が知れるというようにその人の背景までも滲み出てきます。
御飯を食べるときは家族が全員揃っていただきますと言ってから食べるのが、食べることです。そしてこれが家庭の文化を作っているのです。昨今は両親共働きで一人で御飯を食べる子どもや、コンビニなどで買い食いしている風景を良く見ますが、親の都合でそうせざるを得ない子どもは不憫ですし文化が育ちません。お里が知れてもみんながそうならそれが普通になっていきます。
ううむ、恐ろしい。
星空 / 2005年11月27日

様々な娯楽に溢れる昨今は夜に静かに星空を見上げる機会もめっきり減りました。ましてや少し大きな都市部がある地域では、光害で夜空は真っ暗にはならず、見える星の数も少ないのでああ星空だなという星空を見ることもなかなかできません。
昔々の人々は、星空を見上げて様々な想像をしています。星宿もその一つですし、ギリシャ神話を星空に映したり、今となってはとても想像できないような想像をめぐらせています。感性が実に豊かです。夜になれば寝るしかなくやることもないので必然的にエネルギーはそちらに向けられます。だからこそ様々な信仰や哲学や考え方が生まれていって現代の礎になっています。
これから日本社会の人口はどんどん減っていきます。これから極端なベビーブームとかがあったとしても、国として大きく人口が目減りする時期が来るわけです。日本は経済大国としてやってきていますが、それがゆえに文化的側面は如何ともしがたい有様です。経済的充足ばかりを求めていては足を止めて夜空を見上げて考えるゆとりなどありません。頑張って勉強していい学校入っていい会社入ってどうなるものではありません。衣食足りて礼節を知るというように、最低限のお金があれば人間の文化を育てることはできるはずなのですが盲目的にうわばみのようにいい家いい服いい食べ物いい仕事と求めている様は、さながら餓鬼です。そのくせ、歌舞伎や能といった由緒と伝統がしっかりしているものは有難がり、それぞ文化だと言い切りますがそういうその人には文化がありません。
なんでも気安く受けれていく日本の根底には、昔は確固たる日本があって受け入れていったものを日本流のものと融合させていったのが日本で、明治頃の文化にはそれが顕著に見られます。その後、2回の大戦を経た今は何でも受け入れるのは残っていますが、受け入れるだけでそれを消化する文化的土壌は失われているように思います。きっとみんながもっと暇でいろいろ考えられる時間があれば、ふたたびその文化が復活するのではないだろうかと感じています。
環境保護 / 2005年11月25日

なんだか環境保護活動してます、というのを偉いことかのように大々的にやっていますがなんだか違和感を覚えます。人間ごときが地球の環境を守るという視点も違和感がありますが、それ以前に環境を壊したのは物を作って消費して捨ててという経済活動ではないでしょうか。ということは、保護するのではなくて元に戻すということだと思います。
自分の住んでる部屋はなるべく綺麗に快適に使おうと心がけますよね。自分の住んでる地域にそういう心がけはしてますか。自分の住んでる国にそういう心がけをしてますか。自分の住んでる星にそういう心がけをしていますか。という次元の話だと思います。
根本的に物を作って消費して、その後の仕組みがないのにどんどん作って売ってを繰り返していったり、とにかく道路を作りまくって車売りまくって駐車場がないとかそういう感覚ってどうなんでしょう。自分の部屋の大きさのこと考えないで家具を買いまくるのと同じようなもんだと思います。そんな社会や国が偉そうに環境保護を言い出して形ばかりやっていこうとしている様は、滑稽ですらあります。
環境保護という大きな枠での言葉で考えるよりももっと身近な問題に置き換える工夫をした方が現実的だと思いますし、保護ではなく元に戻すという感覚で罪悪感を持って取り組むべきではないでしょうか。
美しいもの / 2005年11月24日

美しくていいものを自分の価値観できちんと判断できて、これはとてもいいものだと自信を持って言い切れる人は、自分の中に美しいものに対するきちんとした基準を持っているのだと思います。人があれこれ判断するときはだいたいにおいてそれは相対的な感覚でもって判断しているのであって絶対的なものではないと思っています。というのも感覚は十人十色のものであるからです。ということは、美しいものが多く育ってある場所なり国なりの一定の範囲には、それを育てるだけの美的感覚が培われているという土壌が必要なわけです。それには個々人が自らの中に基準を持っていないとできません。
みんなが美しいって言うから、これは美しいんだ。という稚拙かつ無責任な感覚しか持ち合わせていない場合は、一人では判断できません。また、それ以上のものを知らなかったら、判断基準が低いレベルのままになりますのでやはり美的感覚が培われる土壌にはなり得ません。
さて、情報や娯楽が氾濫している現代ではそういった判断基準は美的感覚だけではなく道義的な感覚や総合的なバランスのいい判断基準が必要になります。それらを培うのに必要なことは、美しいものを知ることです。頭ではなく五感全てを使って感じることです。それをしようとして、テレビや雑誌といった既存メディアは全く役に立ちません。これらの目的は美しいことを伝えることではなく、お金を得ることです。即ちそれによってできる判断基準は多くの人に受けるか受けないかであって、美しいものを伝えるのではないので本質的にずれています。
美しいものを育める土壌を培うということは、自身が得る情報の取捨選択基準にも影響しますのでとても大切なことです。美しいものを知って自己批判するのとそうでないのとでは判断基準が引き上げられますので質が違うのです。
夢 / 2005年11月23日

最近、よく夢を見ています。どんなの夢なのかというと、まったく覚えていません。内容は目が覚めた直後に必死に記憶を集めて思い返そうとしても指から零れ落ちるように消えていきます。
あとには漠然とした印象が残るだけです。
すごく楽しくて懐かしくて充足感がある夢です。いつもそうです。
具体的に思い出したいなとは思うのですが、途中からそれも面倒くさくなって、もう一度寝たら夢の尻尾をつかまえられるかなと二度寝をしてみることもありますがそれが叶ったことはありません。
でもこれはきっと夢だからいいのでしょう。
夢の中で面白かった話でも、起きてから思い返してみたらそんなに面白くないなということもありましたし、夢だからこそ感覚も強調されて良く感じているのかもしれません。
八百万の神 / 2005年11月22日

日本には古くから自然にあるものを信仰する風土があります。唯一神を崇めるものではないので、他の宗教も簡単に受け入れられる土壌がありました。大国主と大黒様を一緒に祭るとかはまさにその寛容さ(いい加減さ)を物語っていると思います。
キリスト教や仏教以前は神道ということになっていますが、それ以外にも土着の信仰はありました。仏教以前になると今みたいな神社はなく、例えば大きな岩に神様が宿るとしてその前にお祭りをするときだけ祭壇を用意して、みたいな感じだったようです。それが仏教の様式が取り入れられて今みたいな形になったそうです。
古事記などで見られる「荒ぶれる神」という神様は、土着信仰の神であったりその土地の大和勢力に対抗する敵であったりしたようです。記紀の立場は大和朝廷なので、当時の征服してきた大和朝廷以外の勢力は全て荒ぶれる神という扱いになるのでしょう。国産みに見られる様々な土地は、平らげていった土地と見るのが妥当なのでしょう。
一口に神社と言っても数知れませんが、その中でもご神体を山であったり大地であったり磐座であったりする神社は、大和朝廷以前から信仰されていたもので、あとからそこに拝殿が建てられたということのようです。
歴史 / 2005年11月21日

高校の頃に日本神話にはまりました。神話っぽい荒唐無稽なお話が好きで読んだのですが、途中から皇室のお話になっていくので飛ばし飛ばしです。日本書紀は読んでいません。途中からずれていって、ホツマツタエや竹内文書などもかじってしまいましたが、荒唐無稽ぶりでいったら竹内文書が一番です。歴史書としてはいずれも捏造、改竄は当たり前らしくてあくまで参考程度です。古事記などは口承のものを伝え聞いてそれを書き写していったということなので、それはもう内容云々ではないような気がします。その古事記ですが、712年にできたようです。日本書紀は720年ということです。日本書紀は元々政治色が強いもので、年代が遡るほど資料としての信頼性は低いと言われています。
学校で習ってきた歴史の流れは、旧石器時代-縄文時代-弥生時代-古墳時代-飛鳥時代-奈良時代-平安時代。。。みたいな感じです。日本の旧石器時代は古くは10万年前から3万年前と7万年続いているようです。7万年!気が遠くなるような時間です。
根本的に縄文以前の地層が考古学者によって調べられることがなく、まだまだこれからということらしいですが、黒曜石を使ったナイフとか土器が出てきています。また、呪術などもすでに存在していたことも明らかになっています。
そして、縄文時代(中石器時代から新石器時代)になります。縄文時代の終わり頃から雑穀類に混じって稲の栽培も行われていました。ここから徐々に弥生時代に移り変わっていきますが、狭間は曖昧です。基本的に朝鮮半島から九州北部にもたらされたといわれる鉄器と水稲農耕の技術が変化をもたらしたと考えられています。
縄文時代は、およそ1.3万年前から2300年前くらいまで続いたと言われています。ざっと1万年です。犬と一緒に埋葬されていたり土偶などが盛んに作られたり、抜歯の風習が始まったり発展していっています。
さて、それから弥生時代に入りますが、この時代から争いが増えます。水田に使用する土地や水を求めての集落や村落間での争いが大きくなっていき、国同士になり、列島規模の争いがあったようです。その結果、北部九州、吉備、山陰、近畿、東海、関東という勢力圏ができあがり、これらが統合や同盟を繰り返していたということのようです。そしてこれが古代国家生成に進んで行くと同時に、民衆の間で身分や貧富の差が拡大していったと言われています。
中国の史書によると、倭人が多数の国に分かれて住んでいるということです。弥生時代からはずっと権力争いが続いていきます。そして大和朝廷という現在の日本の原型ができあがるわけです。
弥生以前に争いはなかったのかというそういうわけでももちろんありませんが、その争いは豊かになるための争いではなく、生きるための争いだったのだと想像できます。
ともあれ、石器時代から弥生時代頭まで8万年余り。
途方も無い時間の中に自分を置いて考えると、頭がおかしくなりそうです。
時間が堆積していくものなら、1日を1mmとして8km。
あ、踏破できる。
歩く / 2005年11月19日

最近になるまであまり意識することはなかったのですが歩くことがどうやら好きみたいです。それに気が付いてからはぼんやりと考え事をしながら歩いたりきょろきょろしながら歩いたり良くするようになったのですが、とりわけ好きなのはまったく知らない場所を歩くことです。例えば駅から降りてなんとなくあっちのほうに歩き出して行ってこっちの路地に入ってみたり人が少ないほうに行ってみたりそんなことをしているうちにあれここはどこなんだろうかなと気づいてきょろきょろするのが良かったりします。これが山の中だったりしたら興奮は最高潮に達します。
舗装された道路の上であれば人に聞くなりバス停なり見つければどうとでもなりますが山の中はどうしようもありません。遭難です。
遭難というと響きがセンセーショナルですが険しい山などでないかぎり死ぬことはありません。滑落とかしたらそれはやばいですが、音を出している人間に動物は近寄って来ませんし山の中で遭遇しても動物のほうがびっくりします。秋の動物は気が立ってるので危険ですがよほどのことがない限り襲われません。
夏山であれば蜂や蛇に注意が必要です。以前山の中でスズメバチの群れに囲まれたことがありましたが屈み込んで息を殺してひたすらじっとしていたらやがていなくなりました。あわてて呼吸が多くなるとスズメバチは攻撃してきますが動きを止めてしまったら攻撃してくることは滅多にありません。刺激は厳禁です。
遭難できるような山は信州に多くありますが、だいたいの山は里山のようにある程度管理されていて遭難したかなと思っても下に下に降って行けばやがて人家が見えてきます。川があればそれに沿って降って行けば確実に河口に出ますので死ぬことはありません。
田舎にせよ都会にせよ人がいるところで自分の居場所がわからなくなったとしてもそれは大きな問題ではなくそうやって町中に迷い込みながら見るものをただ見て写真を撮ったり神社を見つけて由緒を読んだり観光客の振りしてお店で話を聞いたりというのが有意義です。
田舎の方に行けば行くほど、道路は車のためのもので歩道などまったくなかったりもします。そんな道を歩いていると行きかう車の運転手は不思議そうな顔で見てきたりしますが、道の途中に道祖神や社があってきちんと清められているところを見ると徒歩でこの道を利用している地元の人もいるのが確認できます。そしてそういう人々はだいたいにして高齢です。田舎に行けば行くほど高齢者が多く目に付きますがこれがきっと日本の現状と未来を物語っているのだと思います。
ライター / 2005年11月18日

吸っている煙草がどこにいっても買えるようなものではないため、常にカートンで購入するようにしている。カートンで煙草を購入するとサービスのつもりなのだろう100円ライターが付いてくる。1、2回ならばそれもいいのだが、毎回付いてくるので100円ライターが溜まる。ポイントのように貯まるものならば喜んでためるが、こんなものそう簡単にガスがなくなるわけでもないのでとにかく溜まっていく一方なのだ。
そうして溜まっていくライターを不憫に思って長く使っていたジッポライターを仕舞い込んで100円ライターを使う日々。肝心なときにライターが見つからずやむを得ず外で買い求めるという失態がないように鞄やポケットには必ず100円ライターを入れている。
いつまでもなくならない100円ライターだと思っていたのだがそうやって構えて使うようにしていると意外にも消費が早いという事に気づいた。早いとは言えもちろん想像の範疇内ではあるがこれは発見なのだ。
それでも全てを使い尽くす事は無くジッポを使うことはないのだった。
コーヒー / 2005年11月17日

バニラのフレーバーコーヒーが大好きで、昔はこればかりを飲んでいた時期もあったのだが、今は好みのフレーバーコーヒーが手に入らないので専ら近所のコーヒー豆屋でモカを挽いてもらって買っている。200gで440円である。モカ以外でもいいのだが、あまり酸味が強くても酸化してしまった気がしていけないし沢山飲むので濃すぎると胸焼けする。かといってアメリカンでは物足りないのでモカなのだ。
両親がコーヒーを挽いてドリップして飲むというのも毎日やっていたため中学生頃から私もコーヒーを覚えてそれからは一人になってもわざわざ挽いてドリップして飲むというのが当たり前になっていたが、7年ほど前からそれもしなくなった。なくなってどうということは何も無かったがまたやりだしてから「いい」という感じはある。やはり美味しいし熱いコーヒーを飲むときは至福でもある。安易に手に入る至福だ。コーヒーもタバコや酒と同じように嗜好品で同様に儀式でも使われていた一種の興奮剤だ。10世紀初頭にエチオピアからアラビアに伝えられ。。。などと書いてあったが細かいことはともかく、健康にもよくいろいろ薀蓄はある。
とにかく、コーヒーは旨い。
おにぎり / 2005年11月12日

結局昨夜のご飯は夜のうちにおにぎられて夜が明けるまで机の上に整列させておいた。
おにぎりは塩がいい。中には何も入れず、濡らした手に多少の塩を付けて三角形に握るのだ。おにぎりはこれに限る。そうして握ったおにぎりに味付け海苔を一枚まく。一枚がいいのだ。
机の上で一晩を過ごしたおにぎりは、翌朝にはすっかり冷えている。温かいお茶、若しくはお味噌汁で起き抜けにこれを食す。
そういうことを具体的に考えながらおにぎりを握ると、その作業自体が楽しくなる。
握ったおにぎりを机に置いて眺めていると、これを包んで出掛けたくなる。例えばこれが朝に握ったおにぎりであればさっさと包んで外に出ていくところだが、今は深夜。自動車も免許もない私は自転車以外の交通手段を持たないのですごすごと眠るのだった。
雨が降ってる / 2005年11月11日

昨夜は朝方まで起きていたので、昼過ぎまで眠った。
御飯を炊いていたにもかかわらず食べる気がしないので、コーヒーを飲む。なにやら部屋の中がシンナー臭いが、この臭いは好きなのでそんなに気にならない。シンナーの臭いとコーヒーの香りが混ざって、非常に好ましい匂いになっている。コーヒーを飲みながらコーラを飲むと口の中に非常に好ましい苦味が残るのだがそれに似ている。携帯を見るとバッテリーが一つになっている。一つになってから意外と保つのだがそう思って使っていると思わぬタイミングでピーピーやかましく鳴ったりするので今のうちに電源を切ろうと手に持ったら電話がかかってきた。
電話の後、洗顔と歯磨きを忘れていたことを思い出してそれをする。洗顔のときは腕を雫が滴って肘までいってそこからポタポタと垂れ落ちて床に水溜りを作るのが嫌で嫌で仕方がないのだが、床が絨毯になったことでそれも気にならなくなった。きっとその濡れたところから黒黴が繁殖して絨毯を剥いだらおぞましいことになっているのだろうが、気にしだしたら顔を洗うのも億劫になるので考えないことにしている。
一通りの儀式が終わるとようやく頭の中の霞もはっきりするのだ。
そして、炊き上がっている御飯は食べられることなく置いてあるのだが、おそらく気が向いたらおにぎりにして食べることだろう。