急に寒く / 2006年4月27日

なりました。
びっくりびっくり。
もう時期ゴールデンウィークです。休みです!
ウキウキです。
休みがイヤだった頃が懐かしいものですが、全くもうすっかり休みが楽しみになりました。
自己矛盾 / 2006年4月16日

パソコンで仕事をするようになって10年を越えました。
昔は、パソコンにわくわくしました。その可能性を想像して胸を躍らせることは多くありました。
それが今はインターネットは有益な情報も大量のゴミの山に埋もれ、全てが無価値です。文化ですらありません。インターネットそのものがただのデジタルノイズにすぎず、そのインターネットとパソコンで仕事をしているということが苦痛な時期にいるようです。
パソコンが普及して、豊かになったことなどないのかもしれません。
文明が発達して、物質的には豊かになりました。パソコンを使って仕事の効率化をはかって時間ができて、時間的にも豊かになったはずですが、勤勉なる日本人はその余った分を余暇に充てるのでなく、仕事に充てました。
そして仕事はどんどんこなし、単価が安くなり、自らの首を絞めていっています。
豊かになったねと思うことなどありません。
インターネットは空っぽです。
沢山の情報があるように見えますが、全てノイズです。ゴミです。
この文章も然りです。
本当に有益なものは、実際に会って喋っているコミュニケーションであったり、出かけていって受ける外部からの刺激に他なりません。
知らない言葉をググって昔から知っていた気になるのはもうやめて、実際に外に遊びに行ってはいかがでしょうか。物事や言葉など、知らないことが多い方が世の中は楽しいのです。ググって知っても、それは知識ではありません。
こんなナンセンスでゆがみきった社会はまっぴらです。
これは、懐古主義ではなくパソコンオタクがいくだけいって感じたことです。
パソコンという道具に頼りすぎた行く先は荒野です。
そこにあるのは、空っぽの未来です。
文化的に衰退した社会は、荒野です。
そんな社会に未来などあるはずもありません。
無駄は悪なのでしょうか。
効率化が正義なのでしょうか。
無駄が悪であるならば、人間は全て悪です。
効率化において感情は無駄に他なりません。
こんな世の中にしたのは我々です。
こんな世の中に生まれくるのは哀れです。
我々にできることは、パソコンを捨て仕事を捨て社会を捨て人間になることではないでしょうか。
さしあたって、わたしは月曜日と金曜日には仕事の時間を減らし、自分の時間を増やすことにしました。
これは大いなる自己矛盾です。私は、自分の時間を増やすことにしたということを忘れてしまうような人間です。
こういう自己矛盾の狭間で苦悩しながら生きていけるのならば、それは人間である証とも言えるのかもしれません。
すなわち人間とは無駄と矛盾の塊なわけです。
春から夏 / 2006年4月14日

暖かくなってきて、外の匂いが初夏っぽくなってきています。
まだ4月ですが、だんだん初夏の匂いがしてきています。
最近、屋内も暖かいので夕方には窓を開けることが増えてきたのですがそのたびに「ああ、暖かくなってきてるだな」と実感しています。
ところで、日本人は無宗教と言われています。欧米から見てね。そして無宗教は野蛮というのが欧米の基本的感覚のようです。
日本人の宗教観は、八百万の神々やご先祖様全てが神様というものです。神道とはまたちょっと違いますが、まぁ似たようなもんです。身の回りのことが全て神様で、祟りもするし恵みもくれるというものです。
ところが唯一神を持つ宗教が一般的な欧米などでは、これがなかなか理解してもらえないようで、従って無宗教故に無秩序ということのようです。ところが規律正しい日本人、だから不思議と言います。
そういうもんだと思ってもらえればいいんですけどね。
理解できないことをなかなか受け入れないのは欧米の文化かもしれません。
日本はどちらかというと、理解できないけど受け入れるということがよくあります。受け入れるだけならいいのですが、感化されてしまうこともよくあるようです。
潮の流れ的にも極東にある日本には、様々な人や文化がやってきて醸造された場所です。そんな場所に唯一神がいたら、紛争が絶えません。
うちの神が一番だいやいやうちの神が一番だみたいなどうしようもないことになっていたことでしょう。
案外、根本はそんなことかもしれませんね。
聖徳太子が重きを置いた合議制も、そういう土壌から生まれたのだと思います。
小さな島国故の変わった文化というのは確かなようです。
個人的には、こんな湿度が高い国に靴や洋服を持ち込んで定着させた人を恨みます。
時間 / 2006年4月13日

作りたいものがあっても目先の仕事に時間を取られ、気がつくと夜ということが続き、なかなか鬱屈とした日々です。愚痴っぽくもなります。
やりたいこととやらなければいけないことを上手い具合にバランス良くやっていくことなんていうのは、はなから無理なことだとわかっていますがそれでもやりたいのが人情です。
以前だったらその抑えきれない衝動的な創作意欲を思うままにぶつけていけたのですが、今は翌日のことやその後のスケジュールを考えてしまいます。自分の中の問題なのですが、やはり後々のことを考えると、やめておこうと変な計算をするようになってしまいました。
由々しき事態です。
そういうことから抜け出るために自分でやっていたのですが、だんだんそうもいかなくなってきている現実があります。しかしこの状況は時間と共に打開されていくと前向きに考えることで、日々の暮らしをまがりなりとも平穏に過ごしていくのが、処世術とも言えるでしょう。きっとみんなそうやって大人になっていくのだと思います。
そうした人たちは、やりたいことばかりやってて食えるわけねーじゃん、大人になったほうがいいよ、としたり顔で言うわけです。
私が10代だったころ、30後半の人たちは口を揃えて一様に言いました。大人になるとはそういうことだと言わんばかりに言っていましたが、そういうふうに大人になった人たちはみんな疲れていました。その年代に近づいてきましたが、あいにく大人になる気はありませんし、よれよれにもなりたくありませんので、誰にどう非難されようともやりたいようにやるまででです。
大人になることを教えてくれた大人たちは、彼らなりの忠告であったのでしょう。反面教師としては非常に優れた忠告をくれました。
おれがおれがの我を捨ててなどとのたまわった先人が居るようですが、そんな戯れ言には耳は貸しません。社会的責任など糞食らえというのが本音ですし、無理して社会に迎合しようとしている人間ですので、あちこちに歪みがあるのです。きっとみんなそうして人間社会という幻想を作って、その枠組みの中で生活をしてしまっているのでしょう。
枠組みからはずれたら非難されるという世の中は、それ自体がおかしいですよ。
雨 / 2006年4月11日

西日本は4月としては記録的な大雨だったそうです。
確かに昨日からよく降ること降ること。雷も鳴ってましたよ。
ところで、これまでの伝統的なカメラブランドメーカーが軒並みヤバメのようです。ニコンは規模縮小、コダックも縮小。コニタミノルタはカメラ撤退! アグファは倒産と惨憺たる有様ですが、そんな中でキャノンだけ絶好調でデジタル部門でもカメラのシェアはNo.1です。早くからの投資が生きてきた形なわけです。
フィルムがこういった状況で、このままフィルム市場はなくなるのではないかという極端な意見も多くありますが、そういうわけじゃなくてライトユーザーとヘビーユーザーの住みわけがされつつある状況と考えるべきでしょう。
カメラ自体、デジカメを初めて使ったという個人ユーザーも今の世代だと多いはずです。そしてデジカメとフィルムカメラとの違いを知って、選択的にフィルムへ手を出す人もいるはずです。
そう考えると潜在的な個人ユーザは逆に増えていく可能性すらあります。
キャノンなんかはカメラやスキャナといったインプットデバイスとプリンタといったアウトプットデバイスの両方をおさえているので、今後さらに伸びる可能性の方が大きいでしょう。
ニコンのように特化してしまっている企業は、現状維持が精一杯でしょう。レンズのフォーマットをフォーサーズなどにも対応させて、利益率の高いレンズをもっともっと売れるようにした方がよさげですが、伝統がそうはさせてくれなさそうです。
レンズ資産を持っていない新規個人ユーザはデジタルでいくなら松下やオリンパスの方が今後は選択肢が広くなると思いますし、キャノン一筋になってもいいかもしれません。逆に銀塩とデジカメを併用したかったら、ニコンです。
私はロシアカメラが好きですが。
QuoVadis / 2006年4月10日

今までスケジュールはシステム手帳だったのですが、あのダッサイ外見や分厚さがイヤになって、QuoVadisのシンプルなスケジュール帳に変えました。
いい感じです。
そしてそれまで使っていたシステム手帳とはおさらばし、手帳代わりにMOLESKINを買いました。
これもいい感じです。
また、メモの目的に応じてメモ帳をかえることにしましたので、いろいろ試してみています。
私はもともと文房具好きです。パソコンも文房具の延長としてかぶってる部分もあります。いい文房具は発想を引き出してくれます。いい筆記用具は、蛇口のコックになっているのです。その大事な部分にダッサイもっさいシステム手帳なんてナンセンスです。
日本の文房具で素敵なものってなかなか探しても見つかりません。奇を衒ったものばっかり。ところが北欧などは異常にこってます。行き過ぎですが。
そんな中でも洗練されてなおかつコックとして非常に優れた文房具というのはいくつもあるものです。
能率手帳もいいですが、無駄も楽しむ余裕くらいは欲しいものです。
無駄の中にこそ発想があるのです。
PDAもガジェットレベルならいいけど、それ以上にはなりません。
携帯でメモしても、それはメモができるだけに過ぎません。
目的を達成するだけなら、それも結構ですがその過程にこそ発想が落ちているのです。無駄を省きすぎて薄っぺらな文化しか持たないようではいけません。
忙しいんですってば / 2006年4月9日

忙しくて、仕事と収支の計算にしか頭がいかず発想が貧困になってます。
どこかで気分をさくっと変えなければいけません。
そんなゆとりはないですし、仕事はどんどん追いかけてくれますので、さしあたって手頃そうな目的を用意しました。
ただ時間に関しては極端な貧乏性のようで、全く無為に時間を使うのがどうしても抵抗があったので、Railsの勉強もかねつつ結果的に目的も達成できるという形にしてしまっているのが、少し痛ましくもあります。
それもこれも今年の秋、あるいは1年と自分に言い聞かせています。根本的にあれもしたいこれもしたいという時間の貧乏性がために、パソコンを使って仕事をしている感がありますので、確定的な目的は設定することができません。
今ある目的はいずれも過程に過ぎず、最終的な目的というのはやはり人生全ての瞬間を謳歌するというところに行き着きます。
極端に思えますが、シンプルです。
ただ、人生の全ての瞬間を謳歌しようと思ったら、主体は常に自分になければなりません。第三者の干渉や第三者の行動の結果に左右される人生はまっぴらなので、そういう影響が受けないように努力する必要があるのです。
春 / 2006年4月4日

春ですね。雨も暖かいです。
この春入社したであろう若者が、そろそろ飛び込み営業などでやって来る時期です。暖かく迎えたいところです。なにも買いませんが。
春はいいけど、最近さっぱりおでかけできません。
おでかけしない方がお金がかからなくていいのですが、それは根本的に間違っているので、外に出たいのです。そこで、私のブックマークに海外旅行関連のものを入れてみました。
これで「行くんだぞ」と自らにプレッシャーを掛けるのです。
見なくなるのがオチですが。
それもまぁ置いといて、神戸と奈良に行きたいところがありますので行かねばなりません。しかし、週末は天気が悪かったり用事があったりでなかなかおでかけもままならなかったりするわけで、仕方ないなと言うわけです。
神社によっては、そこの神さんに呼ばれないと行けないところもあると言いますので、これまた本当に仕方のないことです。
もともと厭世的な部分があるのですが、それが加速気味なので仕事等のところで困ってはいるのですが、それもまた春だから仕方ないことでしょう。
気持ちなんて考えようですし、いろんな要素で揺らいで揺らいでそのときそのときのものなので、いずれも仕方ないものです。
人の間は仕方のないものですね。
何がいいか悪いかなんてのは、死んでからわかることなので、そのときそのときの気持ちに考え込んだり悩んだりするのは、ナンセンスなのかもしれません。