7月の終わりと梅雨明け / 2006年7月31日

中国近畿北陸甲信越関東と一気に梅雨明けしたそうです。
そして7月も今日で終わりです。
もう今年は台風いらないよってくらい雨は降りました。それでもまた台風は来るのでしょうから困ったもんです。
昨日の快晴ぶりはなんとも久しぶりで清々しくて空をぼーっと見つめていたら落ちていくんじゃないかという気分になりました。
久しぶりのこと / 2006年7月28日

最近、数年ぶりにFlashやhtml、CSSといったプログラミング系のものを作る羽目になってやっています。ばっちり忘れているんだろうなと思ったものの、やり出したらどんどんできるので人間ってすごいなと改めて思う次第です。とはいえ、私のやっていたときよりもかなり進歩していますので、そこら辺はこれから吸収です。
ところで、今日は大阪から東京に移って仕事をしている人の話を聞く機会がありました。私は東京から大阪に移って仕事をしているので全く逆のケースです。
東京と大阪での大きな違いは言葉ですが、実はそんなに簡単な話ではありません。まるっきり外国といってもいいぐらいに別の文化がそこあります。大阪から東京に行った「Aさん」はそれらの違いで戸惑いも多いらしいのですが、それを受け入れている「Bさん」は「Aさんは外国の人」と思って接するようにしていると言うことです。
私も大阪に来たときは、外国に来たなと思うぐらいカルチャーショックを受けましたしそれは未だに続いています。郷に入っては郷に従えの気持ちで馴染むように心がけてはいますが、自分は余所者だなと感じる瞬間は所々あったりもします。
仕事の会話にボケやツッコミなど要りませんし、仕事相手と仕事以外の話をする気はありませんでしたが大阪でそれでは損することの方が多く、むしろボケやツッコミ無駄話は関係の潤滑剤としてれっきとした役目があったのです。
日本でも特異な地域であるということは、どうやら大阪の人以外は認識しているようです。ちなみに隣接している兵庫や和歌山、奈良、京都はもっと普通です。あくまで大阪に限った話です。
コンプレックス / 2006年7月27日

どんな人でもどこかにコンプレックスを持っているものです。そしてそのコンプレックスを克服するために、皆さんいろいろ努力をなさっています。
整形もその一つで、自分の目や鼻などをコンプレックスに感じて整形する人が特に増えているようです。韓国などは二十歳のお祝いに整形をプレゼントという話もあるらしく、どうなんかなという気もします。例え整形したところで、遺伝子情報は変わりませんので自分の子どもは整形前の顔を元に産まれてきます。下手をすれば、自分がコンプレックスで嫌いだったところを幼い我が子に見るということが起きるわけです。整形したところで所詮うわべだけで、解決になっておらず、もしかしたらそれが原因で虐待という事態も想像してしまいます。
さて、コンプレックスに思うものというのは、自分だけの問題です。ここが気に入らないあそこが気に入らないなんていうのは、自分が勝手にそう思っているだけであって、他人から見たらそれは個性の一つです。コンプレックスが無い人間は言い換えれば個性がない人間なのです。そのいい例が最近の若い女の子に顕著に見えます。みんな眼の大きさや眉毛の形をコンプレックスだと言い、自分で納得する形にしていった結果、みんな同じになりました。ある意味、制服的な化粧です。髪型に化粧にファッションは、実に無個性で、それはコンプレックスを克服するという解決をした結果でもあります。
つまり、「コンプレックスを克服する」ということは無個性になることでもあるのです。もちろん、これは間違った結論です。コンプレックスを克服するということの正しい意味は、その自分が勝手にコンプレックスに思って思い悩んでいる自分の嫌いな部分を許して受け入れることです。無個性になりたいのならば、それも結構かもしれませんが個性がない人は存在そのものも疑われることになりかねません。だから、自分にとってコンプレックスである場所はそこが個性的ということを認識して好きになることが大切だと思います。
ちなみに、ここでいうコンプレックスとは体型のことではありません。
梅雨明け / 2006年7月26日

ドバドバと風情も情緒もなく降った今年の梅雨も明けようとしています。九州から日本海沿岸、長野県とすさまじい被害を出しまくった今年の梅雨は、ちょっと酷すぎました。願わくば秋の台風はもう少しでもマシになってくれと思います。
梅雨ってもっとシトシトっていうイメージなんですけど、ここまでイメージと乖離した梅雨はたまったもんじゃないですね。
で、今日は良く晴れました。
浜松ではフェーン現象も手伝って36度まで上がったということです。大阪は33度くらい。十分暑かったですよ。
雨は好きなほうですが、雨が続くと青空が恋しくなるのは自然なことです。目に鮮やかな青は鬱屈した気分を吹き飛ばしてくれる気がします。
大阪天神祭 / 2006年7月25日

大阪天満宮を中心にしたお祭りで、伝統的な陸渡御や船渡御などで知られているお祭りです。そもそもの神事は鉾流しを行い、鉾が流れ着いたところに祭壇を設けて禊払いをするというものでした。その際に祭壇までご神体を動かすのに陸を陸渡御、川を船渡御というわけです。この禊払いそのものにも由来があったのだと思いますが、今では定かではなくなってしまっているそうです。
それにしても大阪に住んで数年。普段は川を意識することはない都会なのですが、この時ばかりは川の都大阪ということを強く認識します。川を行き交う沢山の船は賑々しく、御輿が乗った船などは勇壮ですらあります。
それにしてもお祭りのとき、だいたいにおいて大らかな感じになるこの雰囲気が大好きです。そして一つのことに対して一時的に一つになったりする様子を見ていると、村の鎮守のお祭りというものの役割を目の当たりにする気分です。
丑の日 / 2006年7月24日

土用の丑の日です。土用ってのは、五行思想の季節分類のひとつで各季節の終わりの18日間をさすそうです。
具体的には春は木気、夏は火気、秋は金気、冬は水気でそれぞれの季節の終わり18日間が土気というわけです。だから、土用と呼ばれる期間は年間で18日×4=72日間あるということです。現在では夏の土用でそれも丑の日だけが残ったわけです。で、丑の日はもちろん十二支の丑を指します。実際には土用でしかも丑の日は年に数回あるのですが、江戸時代にかの平賀源内が「丑の日にうの付くものを食べると夏負けしない」という民間伝承から「丑の日にうなぎ」というコピーを考えたことから定着したと言われています。
なので、平賀源内は日本で最初の商業コピーライターとしても知られているそうです。また、万葉集にも夏痩せした友人にうなぎを食べるように勧める歌があったりもしますので、民間伝承としては夏負けにうなぎという頭はもともとあったようです。
近年になってからビタミンB1が豊富に含まれている食品ということで、土用の丑の日にうなぎを食べるというのは加速しています。実際にビタミンB1の含有量は豚肉の3倍近くもあり、疲労回復には効果的だそうです。
というわけで、うなぎ食べました。
小康状態 / 2006年7月21日

雨もようやく小康状態のようです。
降りすぎです。
場所によっては観測所が冠水して、観測不能に陥ったりもしてしまったそうで、観測史上最高というのはこういうことまで起こるのかと妙な納得をしてしまった次第です。
いつのまにか / 2006年7月20日

手に握っていたものはヒクヒクと鼓動する小さな心臓で
それを心臓と知った瞬間に握りつぶして
指の間からしたたる血を何も考えずに舐めていた
握りつぶしたのは心臓で
したたるのは血だと思ったのは一瞬で
舌の上に広がる甘酸っぱい感覚に意識は押し流され
舌先の感触が変わったと思ったら、握っていたはずの
指は骨だけになっていて舐めるたびに溶けて口の中に広がる
指がなくなったら楽器が弾けないということに
悲しくなりながら、口の中に広がる自分の骨の味に少し慰められた
雨 / 2006年7月19日

降りすぎです。島根の境港では降り始めからの雨量が500mmに達しようとしているそうで、宍道湖や松江市駅周辺なども水没しているようです。あちこちでえらい洪水です。
天竜川の決壊やら岡谷で土砂崩れだの鉄砲水だのと聞いたら、ぞっとしました。実家の裏山の木が随分切り倒されていてはげ山になっていたのを去年の夏に見ていましたので、ここに大雨来られたらたまったもんじゃないなと想像していただけに、慌てて実家の安否を確認した次第です。
災害や事故は人ごとではありません。
メディアとの接し方 / 2006年7月18日

雑誌、新聞、テレビ、ラジオ、ネットとさまざまなメディアがあってそれぞれ情報を伝えてくれています。おかげで一つのものに対してさまざまな意見や見方を得ることができます。
昔と比べて、得られる情報量が爆発的に増えていますので情報の均等化という意味で日本は特に高水準にあると思います。その一方でメディア同士が他のメディアとの差別化という目的で、テレビだったらエンタテイメント性の高い見せ方をしていたり、あるいは子ども向けにわかりやすくしていたりと、コンテンツとしての種類も多様化しています。
これらの変化は競争原理のある商業メディアとしては当然の変化であると思いますが、見る側は飽きるか飽きないかだけの違いで、変化することはそうそうなく、情報を得るメディアを選択できる選択肢が増えただけと言うことができます。そしてネットとも相まって、一つの問題でも様々な国の立場での報道内容を得ることもできるようになりました。これがさらに進んで、国境を越えてなお情報の均等化が成り立っていけば、国の根幹も変わってくるのではないかという大げさな気持ちにすらなってきます。
一つの国と文化を形作るのは、言葉だったり風土だったり食だったりするわけですが、それを伝えるのは情報です。同じ日本でも西と東で大きく文化が違いますが、たとえばこの地域がメディア的に分断されていたとしたら、言葉は同じでももっともっと違う文化になっていたのではないかなと考えられます。対馬は九州よりも韓国の方が近いですが、ここが日本であるのはそういった情報面でもあるのではないかなと想像します。
さて、そんなメディアはぼーっと見ていてはいけません。メディアを作っているのも人間ですし、それを見ているのも人間ですからそこには感情というややこしいものが絡んでいます。その感情のフィルターを通して得る情報なので、吟味する際にはそれを念頭においておかなければ、純粋な情報だけを抽出することができなくなります。
感情的な報道ほど無意味なものはありません。
感情的な報道をしているメディアは信用してはいけません。そして商業メディアはそもそもが営利組織なので、基本的に信用できる情報はありません。メディアに欺されてはいけません。さまざまなメディアの情報を通じて、自分自身で判断するのが情報です。
無意識の言葉 / 2006年7月17日

もうええわ、という言葉を無意識に言う人が結構います。あー、もうええわ、という大阪弁ですが、漫才のオチで使われるためか、口にする人が多くいます。
もうええわ
という言葉は、全てを放り出したあきらめや投げやりな印象があります。音にしてみたらわかりますが、マイナスのような感じがしますのでその言葉を聞いている人にも良くない影響を与えると思います。
もうええわ
というときに、もうええわを使わないで、まいっか、と言ってみてください。
ま、いっか
というのは、投げやりになっているという印象は受けません。良しという風に許しているように感じます。そしてそれを音にしてみると、気持ちが軽くなります。言われた側も、ホッとすることでしょう。
あるいはこの言葉は文化の違いによる価値観の相違があるのかもしれませんが、大阪の人でも「ま、いっか」と言われてイヤな顔を下人をいまのところ見たことがありませんので、やっぱりいい言葉なんだろうなという気がします。
是非、まいっかを多用するようにしてください。
周りから見られる自身の印象もいいように変わってくるのではないでしょうか。そしてそれが結果的に自分自身の精神面にいい影響を出してくれることでしょう。
そのうち / 2006年7月14日

音楽関係でユニットを組みたいと思っています。
一人で鬱々と曲を作って編曲してみるのも面白いですが、ギターとボーカルだけという組み合わせが私は一番大好きです。
大きな音はいりません。
大きな場所もいりません。
伝えたい詩を覚えやすいメロディに乗せて伝えるのがすっきりした形だと思っています。そうなるとギター1本でも様々な表現力が要求されますので、それなりのスキルが要ります。それにはまだ及ばないので、切磋琢磨して準備をするのです。
そういう目的があればこそ、自分のやっていくことに意義がうまれ楽しく楽しく物事を進められるのです。
気温があがり / 2006年7月13日

本日はところにより熱中症で倒れた人もでたようです。
大分で37度近くまであがったとか。それで日が暮れても29度あります。
THE熱帯夜。
ところで、田舎をウロウロしていたら写真のようなものを見つけました。何かの合図に違いありません。
じっとりと / 2006年7月12日

暑い本日。部屋の中よりも外の方が涼しかったです。
おかしい。。。
日記としての体裁 / 2006年7月11日

そんなことを考えてなのか、一日一回写真を付けて更新というのが当たり前になってしまっていましたが、よく考えたら日記というよりもその日その日の自分用メモ的な使い方をしたいので、あまりこだわらない事にしました。即ち毎日更新という基本も、これで崩れるわけです。いやいや、そこは崩さないでいこうと今は踏ん張ってますのでまだ大丈夫です。
この日記にカテゴリ分けがつけられるようになったら嬉しいな>中の人
と、深いことを考えずに言うだけ言ってみるテスト。
北朝鮮北朝鮮といっていますが、正しくは朝鮮民主主義人民共和国です。朝鮮半島にある民主主義の共和国です。共産主義ですがなにか?というくらい堂々たる名前ですが、いかんせん国の食料提供などは完全に停まっているらしく、大変だということです。
さて、先日のミサイル発射ですがかなり過激な世論も飛び出ているようですが、そんな中でも対話は絶対に続けますと強く言い切る小泉さんの姿勢はいい感じでした。そこで強い態度を取っても日本だけがやってもどうしようもない諦めもあるのでしょうが、日本としては戦争を放棄しているので絶対にその姿勢を貫き通して欲しいです。
日本海側と太平洋側での温度差はもちろんありますし、情報の不透明性という部分での不安が強いのでそこら辺のケアは国として必要ですが。
ただ、メディアで強硬な姿勢を見せているコメンテーターなどは嫌悪感があります。制裁とか報復とか国際的に軟弱なとか根本的に間違えているように思います。北朝鮮に例え経済制裁を行ったとしても、その影響を受けるのは国民です。指導者や中枢周りに影響はでませんので、無意味です。どんな報復であっても結果は罪のない人たちに行くことを考えたら、強硬な姿勢などとれるはずもありません。
アフリカなどのように貧困にあえいでいる国への援助や話はあまり聞きませんが、北朝鮮の貧困の話や援助の話は国際的に良く取り上げられます。
この理由は、核です。
アフリカは核を持っていませんが、北朝鮮にはあります。だからこそ国際社会がこぞって話を聞いています。こういう仕組みそのものがおかしいわけですし、そういう北朝鮮のおかげで中国は北朝鮮の窓口として国連などでも大きな顔ができるのです。そういう力関係による関係の成り立ち自体が問題視されなければならないはずではないでしょうか。
力関係で成り立つ民主主義は形骸的で中身を伴っていません。そうして成り上がってきたアメリカという国が世界の警察と言っている限り変化は起こりません。そういう中での日本の立場を考えると、憲法で戦争放棄を明記している国として被爆国として、二度と戦争を起こしてはならない、殺し合いを起こしてはならないという馬鹿みたいに実直な姿勢で行くべきではないかなと思います。これはアメリカの傘の下だからできることですが、他にそういう国はないのです。国の面子などというもので人の命が一人でも犠牲になるのは、あってはなりません。その犠牲になる人が自分の大切な人と置き換えて想像できる人間ばかりなら、世の中きれい事で済むのになと思えます。
メディアに乗せられてはいけません。
世間に踊らされてはいけません。
戦争はどんな理由でも殺し合いにすぎません。
夢想 / 2006年7月10日

結構よく夢を見ます。
白昼夢じゃなくて、ちゃんと寝ているときの夢ですよ。
見ているのはわかるけど、内容まで覚えていることはそう多くありません。起きた直後などはだいたい忘れていて、あー夢を見ていたなという感覚が残っているだけですが、目覚めてから行動してしばらくしていきなり思い出したりもします。フラッシュバックみたいだなと思いながら、そうそうこんな夢だったと回想するとそこからズルズルと記憶の糸を手繰り寄せて行くことができて、夢一本まるまる引き出せたりします。
やっぱり夢なので、めちゃくちゃですがそれが面白いです。
そんな夢ですが、たまにドキッとする示唆に富んでいたりするので気は抜けません。また一つの側面を複数の側面から見せてくれている夢だったりということもあるので、興味深いです。
夢にもいろいろな種類がありますが、なんと言っても楽しい夢は最高ですね。
病気 / 2006年7月7日

身体がやたらと丈夫なおかげで、病気を全然しません。特に内臓器由来の疾患は全くと言っていいほどありません。風邪も全然です。
手、切ったー!
とか
足打ったー!
とかはままありますが、こちらは病気とは違います。
この身体の丈夫さは、実家にいたときの食生活に他ならず両親に感謝することしきりです。一人暮らしをするまで、合成調味料や合成食材などを口にする機会は極端に少なく、身体が成人してからそういったものを食べても身体が受け付けません。まずいのです。舌に凄い違和感と薬品臭さが鼻について食べるのに苦労したものです。
一人暮らしをすればもちろん食生活は乱れに乱れて、今や何でも食べることができますが、そういう食事や肉ばかりの食事が多少続くと、無性に野菜が食べたくなります。
そんな自分を顧みたり、レトルトでも合成調味料でも合成食材でもなんの抵抗もなく食べることができる人を見たりして、食はアイデンティティを物語る文化なんだなと実感します。
食事の仕方も同様です。
食べ方、箸の持ち方から食べ始め食べ終わりに至までの始終は、その人が育ってきた家庭環境を物語ります。食卓に全員揃ってから食べ始める人もいれば、目の前に用意されたら食べ始める人と様々ですし、お箸の持ち方も様々でそしてそれらが自身の育ってきた環境を露呈しているわけです。
どうやら個人的には食事の作法を意外と重きを置いて見ているようで、いかに素敵な人と食事にいったとしてもお箸の持ち方が奇想天外だと引いてしまいます。逆に、すごい間抜けな人でも、お箸の持ち方が美しいと食事している様がとても美しく見えてきます。
作法を文化として自然と身につけている環境は、やはり家庭に由来します。家は社会の最小単位です。言葉の乱れなどよりも、家の乱れは社会の乱れに繋がります。実にわかりやすい昨今ではないでしょうか。
ネットとリアル / 2006年7月5日

少し前まで、ネットはネット、リアルはリアルという境目がなんとなくあってそういうもんだと思っていたのですが、最近はその境目がなくなってきました。徐々にではなく急速に、です。
インターネットはただ単純にデータをやりとりしたり、メールを見たりという使う目的を持って触る道具から、サービス集合体のようなインフラ的な位置づけになっています。
その善し悪しはともかく、ここに二つの人種が生まれつつあります。
インターネットを抵抗無くインフラとして活用している人。
インターネットはおろかデジタル関係に全く接点がない(あるいはもたない)人。
ネットを体験しているかしていないか、という構図です。
ネットを体験していない人の発想はネットを体験している人には手に取るようにわかりますが、その逆はあり得ません。
先のライブドア事件などでもコメンテーターがいろいろ言っていましたが、IT関連企業は云々といいつつも全くちんぷんかんぷんなことを言っていました。
そういう空間に接する機会がないと全くわからない世界という意味では、非科学的な世界にも近い気がする今日この頃です。
デジタル一眼レフ市場 / 2006年7月4日

賑々しくなってきました件の市場。
ほんの数年前までデジタル一眼レフは非常に高価で、よっぽど好きじゃないと手が出ないものでしたし、そもそもコンパクトデジカメで十分じゃないというのが普通でした。
ところが一昨年くらいからじわじわと10万前半の価格帯でそこそこのスペックを持ったデジタル一眼レフが発売され、徐々にそのユーザの裾野が広がってきていたところにオリンパスが10万を切るデジタル一眼レフを発売したことでどうやら消費者の注目を集める方向に進み出したようです。そして先日ソニーと松下といった家電メーカーからもデジタル一眼レフカメラが発売されました。
一眼レフカメラで重要なのはレンズのマウントです。キャノンやニコンといったカメラメーカーはレンズメーカーでもあります。キャノンのカメラではキャノンのレンズが使え、ニコンのカメラにはニコンのレンズが使えるわけです。そして、それ以外のメーカーでもニコンマウントに対応させたりキャノンマウントに対応させたりしてレンズを流用することができたのです。
レンズはそれだけで100万するものあったりして大変高価ですので、これをレンズ資産と呼び、この資産を活用できるカメラ本体(ボディ)を購入するのが一般的なのです。なのでフィルム一眼レフからデジタル一眼レフに買い換えるとしても、ニコンを使っていた人はニコンのボディを買うのが普通です。
ところが、オリンパスとソニーはフォーサーズマウントという新た何作ったデジタル用のマウント規格を採用しています。ということは最初からターゲットはこれまでのカメラユーザではなく、これから新たに始めてみようかというユーザを狙っているからです。
現在のプロ向けカメラ市場は概ねキャノンの一人勝ちです。そしてニコン。ここに家電メーカーという全く別の競争者が入ってくることによってカメラ市場カメラ業界がどう変わっていくのか、大変興味深くあります。
私個人としては、デジタル一眼レフはすでに手元にありますしこれ以上なにも必要としていないので、こうした市場活性化による結果としての中古市場が潤うところに期待を寄せています。デジカメに乗り換えた結果、売り払われるであろうニコンの中古レンズとか値崩れしてくれたら願ったり叶ったりです。
七月最初 / 2006年7月3日

七月です。ふと外を見れば、入道雲!(写真は違いますが)
夏っぽいですねー。大阪に限らず都会の夏は大嫌いですが、夏は大好きです。夏の空気や空、雲、川に湖に虫たち全てが瑞々しくクッキリとした印象があります。都会の夏はただ暑くて臭くて人が住むところではないので、それとの対比で余計にそう思えるのかも知れません。田舎で汗だくになってもそんなに苦にならないのですが、都会で汗だくになると凄く汚くなった気がしてしまいます。
ところで、先日も書きましたがホツマツタエが面白いのです。常識的には日本最古の書物は古事記、次いで日本書紀です。書かれている内容は、荒唐無稽な神話です。神代から天皇が成り立つまでのお話です。神産みから天照大神ら三貴神登場のお話や、因幡の白ウサギに国譲り神話、神武天皇東征のお話やヤマトタケルノミコトのお話とよく知られているものです。これらは時の天皇が命じて編纂させたもので、712年にできたものです。日本書紀は720年。日本書紀はその製作過程から天皇や氏族の歴史的位置づけを行うためのもので政治的色彩が濃厚なのでここでは置いておきます。
古事記研究の最初は江戸時代の本居宣長に起こります。ホツマツタエの研究が始まったのも、江戸時代に遡ります。
古事記には、言霊についての記述がほとんどありません。また古代東北についての記述も蝦夷という形でしか出てきませんが、ホツマツタエでは古代東北の文化的側面を多く伝え、言霊についてもかなり詳しく書かれています。たったこれだけのことですが、当時の政治的な意図を考えればまつろわぬ蝦夷としてずっと戦い続けてきた東北地方の文化の事を伝える内容は、天皇に献上する書物だからこそ古事記に盛り込むことができなかったことは想像できます。無理もありません。
古事記は勅撰ということにはなっていませんが、それの序によれば天武天皇が後世に残したいからいろいろ取捨選択していい物を残そう、という発想から生まれたものなので、勅撰と言ってもいいようなものです。ですので、先の事情と天皇の言葉を考えれば古事記の内容はもちろん政治色があることは否めません。また、これらの記紀には大本の文献があるとして「帝紀」「本辞」「帝皇日継」「先代旧辞」などが表記されています。従って古事記以前にも何らかの形で記録が合ったことは確かなのです。
現在の常識としては日本に固有の文字は無かったことになっています。その根拠は平安時代に斎部広成(いんべひろなり)が「古語拾遺」という書物のなかで「上古の世、未だ文字有らざる時」と言っていて後世の学者はただこれに倣っているだけなのです。文化は全て外国から来た、という感じです。
そして、これらが教科書に載っているから、常識になっているのです。歴史は誰もその目で見ているものではありませんので、確実なことは何一つありません。ただ盲目的に常識だからという感覚でそれが正しいと思いこんでいるだけでしかありません。
第二次世界大戦後、それまで鬼畜米英だったのが180度が変わったことがあったように、常識などというものはその程度の物でしかありません。科学も歴史も人生も常識を前提に考えていたらその根底に有ると思っていたものが崩れたとき、大変です。敗戦後の日本は過去の歴史を否定するところから始まり、非科学的な物は全てナンセンスであるという風潮に陥り現在にまで至っています。
自分を育んだの文化を形作った歴史をもっと知って欲しいと思います。