夏の終わり / 2006年8月31日

8月も終わりです。9月に入ったら気分は秋です。暑いですけどね。それでも今日はいつもより多少涼しくて、過ごしやすい感じではありました。
夏が終わるとなんだかんだであっという間に年末です。ぞっとします。そうやってまた一年終わるんだなと思うと、ふと足元をじっくり見てしまいます。足元をじっくり見てしまうと、なかなか前に進めなくなってしまうのですが、つい見て振り返ってしまいます。そうしたところで何も生産性などありませんし、何も変わりはしませんが、そうしてしまって余計なことに気付いたりしてしまうのです。
後悔しない生き方をしているつもりが、後悔しないで済むように石橋を叩いて渡る生き方になっていました。物事を考えるときに、もうちょっと脊髄反射的な勢いで判断して口にしていたのですが、最近はそういうことも減りました。言わず騒がず大人しく。すごく無難になりました。丸くなったのか大人になったのか。だから、つまんねーなという気持ちが常に付きまとっています。
などと考えているうちに、時間は流れて押し流されていくことですのでそれはそれでいいのかなというのが本音にはありますが、そういうことならその時その時をその場の気持ちで、楽しく清々しく進んで行ける道を選ぶべきだというのが私の心の声です。責められたり罵られたりされるのがイヤな場合は、無難に行けば済むのです。
無難に生きるのも一つの才能と言えますが、その価値基準は主観的なものが強いので一概には言えません。でも、自分で選んで進む道には後悔はありませんので、常に良しと言うことはできます。
読みまくり / 2006年8月28日

活字中毒復活。
土日で、高村薫の照柿(上)(下)、乙一の暗いところで待ち合わせを読了。
照柿はハードカバーの方を読んでいたのですが、発売から12年ほどしてようやく文庫化。全て書き直したということですが、どこがどうかわったんだか。。。
実に理屈っぽくどろどろした重苦しい文章は相変わらずで、グロテスクな内容ではないのに、グロテスクです。舞台は東京と大阪です。10年前に読んだとき、大阪はまったく知らなかったのですが、今となってはよく知った場所ばかり出てきますのでなおさら重苦しくなっていきます。
対照的に乙一はあっさりした文章です。極端に台詞が少なくて、これがまた独特な雰囲気を醸し出していて、とてもおもしろくてどんどん読めます。これは映像化してみて欲しいなと思う作品でした。
と思って調べてみたら映画化は決定されていて、ただいま制作中のようです。2006年秋公開予定ということなので、期待して待ちたいと思います。
何かの間違いであって欲しい / 2006年8月23日

と思ったり思わなかったり。1年前などは新しいMacが出たと聞けば欲しくてウズウズして、近場の人が買ったとなれば自分も買わずにはおれないという衝動的なものがあったのですが、先般のMacBookPro以降あまり以前のような欲求はなくなってきました。今回、MacProが発売になったことで、また来るかなと思って探ってみたものの、冷たく冷え切っていました。Win系ではどうかなと自分に聞いてみてもなんの反応もありません。
それよりも、本やカバンがや洋服や楽器が欲しいです。
自分じゃないみたいで少し気持ち悪いです。
夕立 / 2006年8月22日

今日はやたらとあちこちで雷雨が激しかったようで、大阪でも豊中で床下浸水だそうです。雷がまた凄い凄い。1時間に100mmを記録したそうです。
結婚しない女性たち本音と現実という特集をニュースでやってました。子どもは欲しいけど主婦業をしたくないという女性と、家庭的な女性を求める男性という傾向が強いそうです。故に結婚率が上がらず出生率が上がらないのだと。原因の多くはマザコン化しすぎた男性側に多くあるという結論でしたが、一人っ子が増えていけばその傾向もより強くなるので、さながらマザコンスパイラルとか言ってました。
家庭的な女性=母親的な役割を求めるという男性が極端に増えているそうです。身の回りの世話をしてもらうのが目的、ということです。個人的には作るにしても片付けるにしても自分でできる範囲でやればいいと思うので、それを他人に求めること自体ちょっとずれてる気がします。自分のことなので完璧である必要もありませんし、ある程度いいわけです。
もっと端的に言えば「家庭的=自分の母親みたいに」ということのようです。これは明らかにマザコンですね。
思うに、一昔前は家族といえども子どもの面倒をいちいち見ている時間もなかったと思います。それぞれがやることをやらないと、食うに困る時代だったのです。それが豊かになり自分の子どもに夢を託すようになり身の回りの世話を焼く母親が増えた結果、今のような男性が増えたのではないかなという気はします。
男性のマザコン傾向は冬彦さん以来なにかと話題に上りますが、強すぎるコンプレックス傾向はともかく、男性も女性もマザコン、ファザコンは持っているのが一般的なので一概にコンプレックス傾向がまずいという認識を持つのは危険でもあります。
ただ、全体としてそういう世の中の流れ、と言う程度のものでしかありませんが、それすらも100年後とかの社会学者がそういう時代でしたなどと結論を言えば済む程度の話でしかありません。
そういう風に大局的に考えてしまうと、今日の短時間記録的豪雨や昨今のイラン核開発問題だとか原油高とか急にどうでもよくなって、そんなことよりも今の自分自身の充足を、と結論を足下に持ってきてしまうのでこれもまた極端かなと感じる次第です。
先週土曜日 / 2006年8月21日

どこかに行こうかなと思ったものの、起きてからあまりの暑さに断念。蒸発して道路のシミにはなりたくありませんもの。
さて、盆明け本格的な一週間はむしろ今日からなのでドキドキなのですが、はっと見回してみると異常に忙しいことに気付きました。それも筋道の立った忙しさではなく、あれもこれもという漫然とした忙しさで思わず全てを投げ出したくなる状況です。うわぁあと思って頭を抱えると襲ってくる例の痛み。そして今日は昼間からずっとイライラが続いたわけですが今週は病院行く時間が確保できなさそうなので、来週にでも改めて行って来ようかなと思ってます。
しかし行ったところでどうせまた延々待たされることでしょうから、受付も何もせずにいきなり診察室に大声上げながら怒鳴りこんだら警察呼ばれるのかなそれとも麻酔を打ち込まれるのかなと想像して気持ちを落ち着ける次第です。
ああイライラの原因はそれだけではなく、遠因としていつまでも繋がらない電話もありました。OCNサポに電話を12時過ぎ頃からずーっと何度もリダイアルしていたのですがこれが結局6時半まで繋がらず。1本しか回線無いのか!と思ってしまうほどに繋がりません。半日電話して繋がらないサポートなら用意しないでください。
出不精 / 2006年8月18日

デブ症ではありません。
この暑さで、すっかり出不精です。それも続けばデブ症になってしまいそうですが、暑い中出てたら熱中症にもなりそうなので出不精になるのも仕方ないことです。
明日の大阪は天気が良くないようですが、ちょっと頑張って出てみようかなとも思ってます。
レーダーを見てみると、台風10号が居座っている九州だけでなく、遠く北海道でも激しい雨が降っているようです。前線に南から湿った空気がーということなのですが、たまったもんじゃありませんね。近畿でも大阪はパラッと降った程度ですが、和歌山では激しく降っているところもあるみたいです。
ということで、天気の話でした。
盆休み / 2006年8月17日

帰省していました。
帰省したおりに実家で蛇腹のカメラを発見したので持ち帰ってきました。ブローニー版のカメラです。
調べたところ、極端に資料が少ないのですが昭和15年製造のカメラということで驚きました。そんな昔のカメラなのに、一番弱い蛇腹の部分に目立つ光線もれもなく、撮影して現像したところ写りもばっちりです。このカメラが発売された頃はカラーフィルムはなかったので、言わばモノクロ専用でもありますが、そんなものは関係なく発色も良好で、レンズの周辺流れなども実に味があっていい具合です。ものとしても小さいので持ち運びがしやすくていいです。
ちなみに、右の写真はこのカメラで撮ったものではなく、35mmです。
ところで8月15日は終戦記念日でした。
61年前の8月15日に玉音が発せられたわけです。例の「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び。。」というあれです。軍部へ停戦命令がでたのは翌16日です。この玉音放送を阻止しし、天皇を殺害して幼い皇太子を擁立して戦争を続けようとする動きもあったようです。
幸い、それは阻止され無事に放送され戦争が終わったということを国民に伝えることができたようです。実際は難解な漢語が多かったり、誰一人昭和天皇の肉声を聞いたことが無かった時代なので、本当に状況を把握したのは、放送終了からしばらく経ってからだったということです。
また、中国やソ連との戦争終結は9月3日で英米とは8月14日となっています。
そんな日に、満州から小さな息子と共に日本に引き揚げてきた人とその孫姉妹と曾孫を見ながら、平和だなと実感できたのは幸せでした。満州からの引き上げ時期やそのときの息子の年齢によっては、この姉妹も曾孫もいなかったのです。
なんだかんだ / 2006年8月10日

時間が過ぎました。いくら考えても一日って早いなー
今月はお盆もあります。
お盆ていうと仏教!というイメージがありますが、実はそういうわけではないのです。もともと日本にあった民族的な風習と仏教の盂蘭盆会が習合して現在の形になったもののようです。神仏習合の一種ですね。
盂蘭盆会。ウラボンエと読みます。その省略でお盆ってなったんです。
具体的な起源などははっきりしてませんが初春と初秋の満月の日にご先祖の霊が子孫を訪れる行事があったのが、初春のものが正月になり初秋のものが盂蘭盆と習合して仏教行事として行われるようになったのでは、と考えられています。8世紀頃には夏に先祖供養を行う風習は確立されていたみたいです。
地蔵盆はまた別物。こちらは地蔵会や地蔵祭りなどとも呼ばれていて、全国的に行われていますが関西地方はやたらと盛んです。聖徳太子と関係ありそうですね。これ、関西地方の人は意外と知りません。
さて、盂蘭盆会ですが明治6年に新暦採用になってからは旧暦7月15日と新暦7月15日と新暦8月15日とバラバラになったのですが、現在は概ね8月15日前後が一般的です。日本ではモロ終戦記念日です。基本的に13日に迎え火、16日に送り火です。
お盆の風習は全国的にそれこそバラバラです。これは民俗風習の名残がそれぞれ出ているのだろうなと思いますが、野菜で作る動物や盆提灯なんかは一般的なようです。施餓鬼や精霊流しを行うところもあります。
そういうお盆です。なんであれ大昔からある「ご先祖を敬いましょう」という日です。敬うというより、思い出しましょうというところですね。
しまった / 2006年8月8日

朝起きて、今日はアレをしてこれをしてと考えた途端、急に動く気が失せてまた眠るようになりました。
これ、鬱病の入り口です。
あれこれと頭の中で考えて順序を組み立てて動こうとするのが普通なのですが、それの種類の幅と量が多くなりすぎると脳の防衛機能として考えることを停止します。停止するのですが停止しすぎると鬱に突入します。
なので、考えないで次から次にやっていくようにするのですが、そうすると今度は取りこぼしが出てきます。取りこぼしならまだいいのですが、物理的な時間が足りませんというケースも出てきます。だから第三者にスケジュール管理をさせる秘書という職業があるのか、と実感するわけですが、プログラムで言えば命令を与えたのちに明示的に停止する前者の方が、バグとしてはマシです。停まってくれるので、問題があることがわかりますし被害はそこまでで済みます。しかし後者の場合はバグを含有したまま動き続けるので、問題があることがはっきりしたときには他の問題を生じているケースも多々あって、被害を拡大することもあります。専門用語で、停止する方を物理エラー。停止しないで動いて結果を間違えるものを論理エラーといいます。
プログラムは物理エラーによって停止した方がマシですが、人間の場合は速度はともかく前に進むべきですので論理エラーを持ちつつも動いた方がいいのは言うまでもありません。
つまり、何が言いたいのかというと、私は昨日の日記が飛んだ言い訳をしているのです。
ところで、病院に行ってきました。
国立総合病院なので待たされて待たされて待たされることで判断能力を失わせるのが目的なのではないかと思うくらいまたされて、診察してもらいましたが結果は疲れによる神経痛ということでした。
ようするに左目だけ軟弱だったということがはっきりしたので、これからはビシバシと鞭を打つことができるわけです。点眼薬ももらったので、左目を鍛えたいと思います。
2時間に1回の割合で休憩を取るようにすればいいとのことなので、しばらくそうしてみようと思います。
そんなに酷使していないのに、自分の身体のパーツを指して疲れていると言われるのはちょっと違和感がありますし心外ですが、眼底を見てそう判断していたので、きっとそうなのでしょう。
疼痛 / 2006年8月4日

疼痛という表現が正しいのかわからないけど、左眼球の奥が疼くように痛い。この一週間、ずーっと微妙な疼きが波のように強くなったり弱くなったりしていたのだけど、今日は波が大きくて少々ダウン。
これはなんだろう、とまずはとりあえず検索。
キーワード:目の奥 痛い
具体的に考えることもせず漠然と入れて検索してみたら、あら結構近い症状の人が居るみたい。目そのものに違和感がないなら、脳神経科らしい。。三叉神経痛とかいう症状も似たような感じらしい。。ううむ、あとは余計に調べずに週明けにでも病院行くことにしました。
実はこの痛み、2年前の冬にも強烈なのが来て会社のソファでダウンしていたことを痛くなってから思い出しました。普段健康なだけにこういうのってちょっとゾッとします。
大阪文化の極み / 2006年8月3日

最近気付いたことがあります。
大阪の大阪たる雰囲気を醸し出している価値観の一つに「せこさ」があるようです。
大阪の人は「いらち」といういわゆるせっかちの人が多く、歩く速度が日本一などとも言われています。何人かで連れ立っていてもさっささっさと歩いて行ってしまうという人は結構居ますし、喫茶店にはいっても飲むだけ飲んだら「いこや」とすぐに動きたがったりもする傾向にあります。また、信号待ちでもそこらへんは顕著です。赤でもクルマが来ていなければ渡るのは大阪の人。クルマが来ていても車道にはみ出しているのも大阪の人。きちんと歩道で信号が青になるのを待っているのは観光客。非常にわかりやすいです。
これはクルマが来ていないのに待っているのは無駄、無駄なことはしたくない、というところから来ています。また、言いたい文句をはっきり言うのも大阪流です。なぜなら言うのにお金はかかりませんし、払った分言うことは言うという感覚です。さらに、大阪ではとりあえず一言値切ってみるのが礼儀のようで、必ず一言「これ、安なりません?」と言われます。
大阪らしいところは、詰まるところすべて時間や金銭など消費するものを無駄にしたくない、というところが来ていることが伺えます。
せこい、と思いますがこれが文化の核にあるような気がしてなりません。
夏の暑さ / 2006年8月2日

午後2時に外出しました。暑いというのに外出しました。
アスファルトからの照り返しや、ビルやクルマからの排熱で茹だるような暑さでした。夏だな、と実感できた瞬間です。暑くて滝のように流れる汗をハンカチで拭きながら、木陰に入ったら嘘でも多少涼しく感じるもので、これもまた夏だな、と実感させてくれます。
そんな中に夕立が来たりすると、さっきまで人で一杯だった通りは急に閑散として非現実感が襲ってきます。
そして叩き付ける雨の音が催眠のようになって、目の前の滴る水滴も濡れて光るアスファルトも全部嘘のように思えます。
夏は一瞬で世界が変わることがあるから、その瞬間は好きです。
爆音 / 2006年8月1日

あ、8月になりました。
今朝は凄まじい爆音で目覚めました。上空をジェット機が飛んでいったかのような音で驚いて目覚めたのですが、どうやら本当にジェット機だったようで、程なく静かになりましたが爆音が通り過ぎてから一瞬静寂になってそのあと思い出したように蝉が鳴き出す感じは、ちょっと現実離れしていて思わず2度寝するところでした。
いやー、爆音の動きを耳で追いかけているときは、そのまま激しい爆発音と振動が来るんじゃないかと想像してぞっとしました。おかげで目は覚めてくれましたが、目覚めはよろしくありませんでした。そんなイヤな想像をしていたので、音が通り過ぎてからテレビをつけてみたり。