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能動的に感じて感じて感じて感じていく / 2007年5月31日
能動的に感覚を広げるように心がけていきそれが普通になって、どんどん作品を作っていっています。爽快感と解放感に満たされています。操状態ではありません。落ち着いています。気持ちは凪ですが、海は深く澄んでいるといった具合いです。

そうして感覚が研がれ、広がると自然と恋が生まれていくことでしょう。その想像だけで、また一つ得ることが出来たので既に満足です。その気持ちはそのまま置いといて、楽しむというゆとりもあります。また一つ、こうして作品の糧を得られたのは恵まれています。

恋は始まると終りがやってきます。終りの味もあるということですが、傷付くのは嫌ですので始める気はありません。私は愛に対して積極的なのですが、恋は消極的です。そもそも恋愛は自分を騙す事から始まることが多いですので、とりわけ距離を置こうとするのです。

さて、そうして広がりゆく感覚は極彩色の素晴らしいイメージを常に与えてくれます。昔からずっと私の側にいた少女もまた戻って来ました。何でも教えてくれますし、たまに注意もしてくれます。随分前にこの少女の話をそのとき近しい人に話をしたら

「気味が悪いそういう電波系の話はやめて」

と言われ、それから徐々にいなくなっていたのですが、また戻って来てくれました。彼女はずっと居たというので、私の感覚がくすんでしまっていたようです。

と、ここまで書いて読み返してみましたが、我ながら気味が悪いことを言っています。

これは誤解を招くなぁとは思いますが、実際に今は五階に居ますので、この際なので誤解はそのままにしておくことにします。

さて広がる感覚は様々な視点をもたらしてくれます。恋を恋のまま置いておくというのは、野に咲く美しい花を見て楽しむ感覚に似ています。それを手折り持ち帰るとやがて枯れますが、あるがままにその場所にそのままにしておき、四季の移ろいを花が教えてくれることを楽しむのも一つの恋と言えます。それが現実の花であろうと、夢の中の景色にあった花であろうと、どちらでも主観的に現実感を持ち、自分の中に気持ちを見つけられればそこで完結して、新たな視点をもたらしてくれそうです。

即ち、恋という気持ちを得るためには「能動的に感じていく」という積極的な姿勢が必要なのですが、最初に書いたように私は自分を騙すことには消極的です。そしてそのままでいいかなという気持ちの方が強いので、やはりそのまま置いといて楽しもう、という方向への積極性になっていくのです。

かくして、磨かれていく感覚や技術や人生はその過程で次の目的を見つけ、さらに切磋琢磨をするための動機になるのです。こうした明確な動機があり、己の絶対的な未熟さを知り、真っ暗な道を一歩一歩、確認しながら進んで行っています。進んで行けているのか同じ場所をぐるぐる回っているだけなのか、真っ暗な上に比べられる物が無いのでわかりません。自分はこれだけやったのだから、自分はこれだけ時間を費やしたのだから、などと考えがちですが落ち着いて焦らずに大きな視点で捉えて、やがてあたたかな光の場所にまで辿り着くのだろうと自分に言い聞かせて、じっくりと腰を据えてせっかく持っているカラダとそれに由来する感覚を広げていき、感じることの凄さをヒシヒシと刻み込んで生きたいと考えます。

時間は律儀なもので、今年も半分まで来ました。

こうして自分が辿った道を時間という定量化された単位で主観的に考えると、この半年はなんだったのだろうか、なにか得たのだろうか、成長したのだろうか、このままでいいのだろうか、と悩み迷いが生じます。実際は、ただ半年が過ぎただけのことに過ぎません。その事実から悩み迷いを生じて感じて考えて外に出るのは自分の心です。心とカラダがあって私です。それぞれにはそれぞれの磨き方があります。

夢の暗示や偶然の重なり合いによる暗示、人との出会いや関係性、社会生活や世間との折り合い。これらを複合的に見て主観的でも大局で捉え、流れに乗って瞬間は不安定に見えても大局から見ればたおやかなゆらぎの一部で、ゆったりと道に沿って、遠く遠くに幽かに見える光へ向かって、一歩一歩を感じながら、楽しく進んでいければと考えています。

自分で選んでこの時代へ生まれ、必要な人たちと出会い、人である意味を知り、今ここに居ます。他人も自分も、個人も他人も、愛も憎しみも、善いも悪いも、正も負も一つです。私を育んでくれた環境、移ろい行く環境や今までの人類の歴史、そして今ある環境や関係の全てが私を私たらしめる全ての要素になっています。感動と感謝に堪えません。

故に感じて感じて、人をもっともっと知りたいと思えてなりません。
周囲にあるのは環境も自然も何もかも移ろいばかりですが、それらに意味付けしたり、美醜を感じたりするのは心です。心はカタチに支配され、惑わされます。真理は己の中にあります。感覚や心は簡単に曇ります。

単純なことを複雑にするのは、心です。
私を私としてくれる環境 / 2007年5月30日

私は私ですが、社会や世間にあって周囲が私を「私」と認識してくれているおかげで、ここに居ることを実感します。周囲はさまざまに移ろいます。褒め倒してくる人や罵倒してくる人、悩みを投げ掛ける人や愚痴を呟く人、体を求めて抱きついてくる人や、恋心を告白してくる人と、次から次へと人人人です。こう書くと余計な誤解を生みそうですが、それはそれで興味深いので放置です(悪

さて、人から直接さまざまな言葉をもらうのですが、そうして受け取った言葉は私の中で力になります。悪い言葉は陰の力になり、良い言葉は陽の力になります。いずれでも精神面での糧になりますので、消化します。受け取った瞬間に悲しくなったり辛くなったり、嬉しくなったり驚いたりしても、なるべく速やかに消化して糧になるように努めています。とはいえその感情の中に居るときは余裕がなくて、なかなか消化へ向かわないこともあって困ります。

なんだか浮き世離れしているように見えるようですが、自分の現実的な役割やすべきこと、現実的な目標はきちんとわきまえています。口には出しません。言葉にすることで、自分をさえも曇らせ、道を誤っていく自分に気付かなくなってしまう経験をしたから、気を付けて意識して視点をずらしながらも、狡猾に如何に現制度を自分の糧の一部に取り込み、いい方向へ向かえるように模索をしています。言葉にすると、力になりますが影響は大きすぎて自分にも周囲にもよくない影響を及ぼします。

この位置でできる範囲てやるのが、分相応であり、だからこそ無理せずに続けていられるのです。

元々は極端な守銭奴でした。それは、金以外の力を知らぬが故に至った道でしたが、過去となり糧となり過程の一部として脈々と私の中にあります。

金は金でしかありません。
生かすも殺すも己次第です。銀行に入れれば安心ですが、銀行はそうして集めた金で投資や投機、貸し出しなどで利鞘を稼ぐのが生業です。今や資本主義の根本は人々が銀行に金を預けることから成り立っていますので、タンス預金をされると銀行は困ります。銀行だけではなく、国も困ります。収入から経費を引いた純益で課税額が決まりますが、それが確実に裏付けできなくなると、税収が減り、右肩上がりの経済成長を前提に発行している国債への信頼が落ち、国家運営に不安ができます。基本的にさまざまな地域の利権を守る役割を担っている議員にとっては国家そのものの運営よりも、地元への利益還元による自己保身が主眼になっていくのは人間の性と言えますので、仕方がない問題です。なので、最近の国会は国として支出を減らすという考え方ではなく、如何に税収源を増やすかが最大の目的にされてしまっているわけです。

それはともかく、金で社会と繋がり、社会に利益をもたらす便利な存在として様々な人に必要とされていたのですが、金は金以外ではなく、そうして繋がった人々は利害関係で繋がっているだけで、中身が空っぽのものばかりでした。10年程前にいろいろあってそうしたことに気付いて、自分やその周囲の環境を客観的に見るようになり、全てがバカバカしくなり、結局全てはなんなのだろうな、という疑問だけが残りました。

そうして考えて考えて十年経ちその間に利害関係ではない人間関係を様々な形で見せてもらい、過程でいろいろな言葉をもらい、形容できないほどに凄まじい勢いで裏も表も上も下も見せてもらいました。

すると最終的に自分を自分としている心が全ての事象を感じることで成り立ち、肉体を持ち生きている限り心だけではない五感も得られて、世の中というのは刺激と感動に満たされていることを知りました。そして物や金や他人への執着が徐々に希薄になり、心とカラダが常に少し離れて行くようになりました。ところがそんな中で特定の人と会うとき喋るときは、心とカラダが一つにくっつくことがあります。こういう人を波長が合うっていうのかな、と考えます。如何なる物にも固有振動数という波長を持っています。それは微細な原子単位からありますので、物質として存在する以上、様々な波長を持っています。これらの波長の根本は、その物質を構成している原子の原子核を回る電子の揺らぎらしいですが、この原子核を回る様子は電子雲としてあるだろうとされています。ただ、観察者が電子に影響を与えるため、実質的な観察や観測が不確定要素として具体的にされていないのが現状です。量子物理学の領域になってきます。

各種宗教から信仰的側面を取り除き、根本的な部分だけを咀嚼して、現代までの歴史を顧みて、そして二十一世紀の様々な技術や知識を考え合わせて、ヒトとしての自己を発見して、地球の子として全てがあるから自分があることを教えてもらい、要る物も要らない物もなく、正も負も同じで、全ては心が事象として捉えて名付けているだけのことかもしれないと感じます。他人から見た私も同様なわけですので、そこに「私」として認識してくれる心があるとき、私は私として一つになり在ることができ、感謝を覚えます。

他人からの言葉は強い力となり、私の原動力となって私を私としてここに留めおき形を保っているのかな、と感じます。

だから、自分の外に出る気持ちは感謝だけであり、全てがかけがえの無い愛しい存在と感じられればと願います。

ところで、五月も明日で終わりです。
内省的なここの似非エッセイも明日で終わりです。六月からは湿っぽい季節なので、軽くチョイチョイといきたいと思います。
瞬間、こころ重ねて / 2007年5月30日

わかる人にはわかる、微妙にマニアックなタイトルです。

人の心の有り様は実に様々で、気がつくと客観的に人の心や自分の心を観察している自分を発見して、自分はなんて冷酷な人間なんだろうか、と省みたりするものの、そうした自分の心の動きを感じている自分さえも我を捨て切れない己であると認識することしきりです。

怒りに我を忘れて荒れすさぶ人や、歓喜に我を忘れて酔いしれる人、悲しみにしがみつき哀れみを買う人、様々ですがどういった感情でもそれを感じて身を委ねることができる人は、自分や他人に誠実だなと見えます。そういう意味では私は常に不誠実です。本気で怒ったり憎んだり喜んだりできる人は限られます。それ以外の人に感情に身を委ねた自分を出すことができないので、不誠実だなと考えています。

自分さえよければあとはどうでもいい、と切り捨てることさえできます。ともすれば自分もどうでもよくて、それじゃ何がどうでもよくないのだろうか、と思索することしばしばです。他人に対して、何も求めず、何も押し付けず、何も探らなくなると、自分と他人との違いは心の在り方だけということになります。

かなり前に暇つぶしに買った仏教の本を暇な時に読んでいたら、唯識論という言葉が出て来ました。その唯識論について読んでいくと、シュルレアリズムとの共通項が幾つか出て来ています。いずれも自分の外のことは主観的心理現象として在るだけで、カタチや名前に囚われるなというようなことを書いてます。自分は、自分の心という牢獄の囚人である、だそうです。現在の心理学ではエゴとスーパーエゴとはある程度分類分けされ、心理学と大脳生理学との連携もされていき徐々に体系立てられて、少しずつですが具体的に解明されつつあります。

まぁ宗教は宗教で体制なので置いておくとして、2000年以上前にこうした考えに至った釈尊は凄いなと思いますし、そこで偶像崇拝を戒めているのは現在の全ての仏教に生かされていないのはどうかなと考えます。イスラム教やキリスト教などはまた別です。こちらは唯一神信仰で神が人を裁きます。釈尊が説いた法はバラモン教からの移行もありましたのでややこしいことになっていますが、究極的には輪廻で自分で自分を裁くことになるというようなことを言いたかったようです。マンジュシュリとかフゲンとかミロクとかいろんな菩薩がいてそれぞれ役割がありますが、全て実在の人物を元に作られた偶像に過ぎません。五十六億七千万年後にやってきて人々を救済に導くと言われているのは弥勒菩薩ですが、五十六億七千万年というのは永遠を示します。偶像を崇拝していたら永遠に救済はされませんよ、ということです。

宗教も信仰も己の糧になるのならそれもありとは思いますが、自身の心以外の他人の心に何かを求めたり、何かを押し付けたり、何かを探ったりすると、そこに幻想が生まれます。相手が見返りをくれる、相手が受け取ってくれる、相手が何か裏を考えている、などとそもそもありもしない幻想を、自分自身の心の中に作り出して、相手の心の中にもそれがあると感じてしまいます。以前に書いたように、根本は全て己の疑心に起因している何でもないモノです。自分への猜疑心の露出に他なりません。

そうした疑心は軋轢を生み不信が不信を呼び、結局は自己疑心に根付いているものですので最終的に自己嫌悪になり、いいものではありません。後で思い返しても後味は悪いものだと思います。要するに、楽しくありません。

ということは、いらない考えです。

それとは別のこと、後から思い返して他人と居て楽しかったな、とか一緒にやって面白かったな、とか、あの空気感が良かったとか、そういう瞬間瞬間という連続した瞬間を共有していたときは、きっと心が重なり相乗効果でお互いの気持ちが倍増して、心地よくてこれが「人」なのかな、と地に足が着いた感覚を得ます。

ともすれば浮いてどこかへ行ってしまいそうな心を、引き止めてここにいて自分の我を感じて心を知り、観察して現実を現実と認識して、一つ一つの事象に名を与え、自分の器の感覚を可能な限り研ぎ澄まそうと思わせてくれるのには、自分ではなく、他人の心が、私を私と認識していないとできない業です。

結局、外にある答えというものは一つの物の見方を示しているだけに過ぎず、それは答えではありません。答えは全て自分の中に用意されているのですが、その時期を知り、その時期にならないと引き出しは開かないように自分で鍵を掛けているだけです。

だから、焦らず落ち着いて、今を今と知り、全身全霊で瞬間を感じて周囲の全ての環境に感謝をしてひた向きに己に向き合っていればいいんじゃない?と軽く考えてしまいます。

これが誠実なのか不誠実なのかは、そもそもこの言葉が主観的に用いられるものなので、自分で自分の立場で誠実に思えていればいいんじゃね?くらいにしか思っていません。

いつもありがとう。
迷惑かけてごめんなさい。
確信犯的に。

だから29日の日記を飛ばしたことも、自分で許そうと思います(長い長い自分への言い訳
しょうがないよ / 2007年5月28日
んー、バカらしい。
全部いらないな。

執着がないのは人を傷付けるだけなんだな。
執着があるのは人を傷付けるだけなんだな。

「出会っても出会わなくても結果は一緒ってことを言いたいの?」

「結果は一緒でも結果にたどり着くまでの過程があるってことだと思う」

「でも結果が一緒なら過程に意味は無くなっちゃうじゃない」

「わからないよ。結果と思っているだけで、実は過程かもしれないよ。結果も過程も同じなのかもね」

「じゃ、何をしたらいいの?」

「何をしても、それは過程に過ぎないんだとしたら自分があとで思い返したときに楽しいと思えることをしたらいいと思う」

「消去法的な考え方でもいいの?」

「方法論より感じ方の方が大切なんじゃないかな。何をどう選んだところで、それはあなたの人生。私の人生や時間ではないのだから、自分の責任で選んで行くのが自分に対して誠実なんだと思う」

「でも何を選んだらいいのかわからない」

「何も選ばないというのも一つの選択肢だよ」

「何もしないっていうこと?」

「何もしないでいるのも一つの状態だし、何もしないでいることができるというのも一つの在り方だと思う。でもそれをずっと続けることはできないはずだけど、今はその選択肢を選ぶことができるんだから、その環境を有効に使う道もあるはずだ」

「それは甘えに思える」

「甘えはいけないことなの?」

「よくないと思う」

「甘えているなと認識して甘えられるなら、感謝すればいい。認識できないで甘えていると感謝の気持ちは生まれない。甘えられる環境を当たり前と思ったら感謝は生まれない。甘えが良くないと思うのは、その環境が当たり前だと思っているからだ」

「あたしは何をしたいんだろう」

「その疑問はいずれの人も持つ。そうした疑問を解消するには、焦らずに落ち着いて気を楽に流れに乗ればいいのだと思う。自分探しの旅などは焦りの結果だし、過程における恋愛は焦りを紛らす術でしかなく、焦りによって隙ができ、できた隙から魔が入り油断を生み目をくらませて真理から遠ざかり、目的を見失うものだ」

濁りの無い純粋さ
疑うことを知らない素直さ
響き渡る感覚
鋭利に研がれた知性
澄み渡った理性
曇りの無い感性

道標はここにあった。
徒然なるままに / 2007年5月27日
ひくらし硯に向かいてみれば、なんか脈絡ない適当な文章になりました、という具合いに、昨日の更新は忘れ、今月は全日書くつもりだったというのに、こんな時間に書く有り様です。

自分が悔しいだけですが、いや、ずっと覚えていたんですけどね、気が付いたら日が替わってしまっていたんですよ、ええ。

硯なんてないので、携帯で書いてます。道具は大切ですからね、硯と筆で書いたらまた違う文章になるのかも知れません。ギタリストの方とかは、作曲の際に使うギターでできる曲が変わるという話はよく聞きます。音楽と文章ではまるで違いますので、硯とギターを一緒にするのは乱暴な話ですか。そうですか。

パソコンはともかく、文房具は想像力を刺激してくれます。画材やノートなどが好きで、気を抜くといろいろ買ってしまいます。そうして買ったものを如何に活用しようか、と考えるのがまた楽しく、そこから何か生まれたりします。
何も生まれなかったりもします。

どっちやねん!

さて、例によって軽く大阪ジャブを入れて相手との距離をはかりつつ、次のボケを考えます。これぞ大阪的円滑なコミュニケーション術。今日も今日とて、笑いすぎで喉が痛いです。

大阪の人というと、誰もが面白いと思われがちですが、全くそんなことはありません。面白い人もいれば、面白くない人もいます。ただ総じて笑いにはうるさいので、中途半端なボケはツッコミを越えて、罵倒になりますし、つっこまないでいると、ボケ殺しと呼ばれます。さらに会話にオチがないと「オチはないんかぃ」と怒られます。

いやごもっとも。
もはや大阪に染まった身としてはよくよくわかりますが、他地域の人にそれを求めるのは酷ってもんでっせ。

ていうか、本当に徒然なるままに書いていたら眠くて眠くてワケがわからなくなりましたので、このあたりで筆を筆して携帯したいと思いませんか。机の中も探したけれど、向かいのホーム、路地裏の角、いやもう無理だから。桜木町?そりゃ東横線の終点やんけ。桜小橋は京橋です。桜之宮は大阪有数のラブホ街です。環状線の桜之宮駅では「連れ込み乗車はご遠慮ください」というアナウンスは流れません。京浜東北線の蒲田駅では蒲田行進曲が流れます。マジで。

今日は路面電車に乗りましたが、独特な雰囲気が大好きです。レールの上しか走れないバスといった風情です。なにしろ一両ですし、降りたい駅ではボタンを押さないと停車しません。そして、車より遅い速度。なんなら自転車で抜かせます。

そして、オチのないまま終ることを、投げっぱなしジャーマン、と言う良く知らないプロレス用語を用いることでお茶を濁します。
冷血動物 / 2007年5月25日

冷静すぎて、鬼だ悪魔だ冷血動物だと罵られていたことがありました。もう随分前のことです。それからなるべく「人間らしく」しようとして、「熱い感情」を育んだのですが、こいつがなかなかやっかいで文字通り手を焼きました。

冷血と罵られようとも、やっぱり近付けば人を傷付けてしまいます。人を傷付けて自分も傷付くのは嫌ですので、罵られている方がいくらかマシかもしれません。居なくなるものは居なくなります。諦めて自分を抑制し、社会に溶けこむのが今の私の勤めです。自分で選んだ道です。

これとて、結果という一時的な過程を見ているだけに過ぎません。

何をしたいかわからないという悩みとて「わからない」という一つの結論であり状態であり過程と言えます。「わかった」というのは「わからない」状態がなければ得られないものです。

そして、これが全てのバランスです。

私が冷血な分だけ、熱血な部分があるのです。自分でその温度差を身を持って知ったからこそ、努めて冷静になり、鬼や悪魔になります。自分のためです。社会に溶けこもうとするのも、溶けこんだ分、反社会的なことを認識できますので、バランスを保つための行為に過ぎません。

バランスが崩れると、簡単に崩壊します。人間関係や環境、その他諸々は微妙なバランスの上で成り立っています。危ういように見えても、それが自然な環境そのものですのでいいのです。

ラグランジュポイント付近に置かれた衛星から送られてくる太陽の気まぐれなフレアを見ながら、曖昧で危うい太陽そのものに惹き付けられてなりません。太陽と地球の微妙な距離は、いともたやすく崩れます。多少強い太陽風を吹かせれば、地球の地磁気ごと吹き飛ばし、人類の歴史も文化も何もかも吹き飛ばせます。

もちろん、そうしたことはありません。不安定に見えても心臓の鼓動のように、安定して動いています。地球の公転や自転も安定に見えていますが不安定です。海も同様ですし、人間の心も安定のようでいて不安定でもあります。1/fゆらぎという数式で表されるゆらぎがあるのが自然なことなのです。

このゆらぎがあるのはいいのですが、ゆらいだ自分の心に振り回され、時間を無駄にしたり傷付いたり間違えたりするのがいいのか悪いのかは、のちになってみなければわかりません。主観的にも客観的にも、いい場合や悪い場合があります。といってみたところで、こうしたいい悪いも大局でみたらゆらぎの一部でしかありません。

ただ、基本的には他人の人生なので見ているだけです。冷血に冷酷に見続けて、冷徹に自分の糧になる部分を拾うのです。そうしておかないと、熱血な部分が顔を出して私自身を私が苦しめます。

だから、この位置を選んだのです。この位置に居る限り、冷たい人間と言われ続けますが、人のゆらぎに巻き込まれることなく人の悩みを糧にすることができます。

人の揺らぎと自分の揺らぎを重ね合わせることができれば、揺れ幅が倍になって相乗効果を生み出させそうですが、揺らぎの周期が違えば相殺し合ってゼロになります。

恐らく、いくつかのテンポが合う人とは相乗効果を生み出すことができるのではないかなと考えています。そうした相手にとって、私はきっと冷血動物に見えず、まったく違う人間に見えるのかもしれません。
全て糧という過程 / 2007年5月24日

過程や結論の連続が時間です。

どれだけ悩もうとも傷付こうとも、次々と事が起こり全てが過去になっていきそれらの成り行きが全て糧になり自分自身になります。何かをしていないと不安という人が多い昨今ですが、何かしようが何もしまいが時間は律儀に等しく流れていき、過去になります。重要なのは、不安や寂しさを紛らす手段を探して飛びつくのではなく、そうした感情と向き合い、そういうことを感じている自分を発見して糧にすることです。

目の前に餌があれば飛びついてしまう気持ちはわかりますが、それでは糧になりません。やがて飽きてまた次の餌に飛びついての繰り返しが始まります。外に向かうのではなく、内に向かい、苦しくても辛くても己自身と対峙して得ようとする姿勢が必要になります。

自分は居ても居なくても時間は流れ、人は人としてたゆたい、何も変わる事はありません。年々歳々です。あらゆる不安や不満が一つになり、形容し難いモノになりますが、自分で作り出したモノに過ぎません。即ち、根本的に自分以外は潰す事ができません。それは自分自身で時間をかけて解体して消化して糧にするべきものです。

そうした気持ちのゆとりを持てない環境の人もいる中で、自分で作ったモノと対峙できる時間があることは、貴重です。
理想は脆く、現実は頑強なものなのか / 2007年5月24日
高すぎず、低すぎない理想を持って現実に挑み、その渋さを何度も痛感し、臍を噛む思いを幾度も繰り返し、それを忘れて同じことをまた繰り返しています。理想は理想、現実は現実なんだなとその都度諦めに似た感情に胸を焦がされ、周囲に当たり散らして自己嫌悪に陥る自分を客観的に見て、またやってるわ、こいつ、と飽きれ顔の自分に出会います。

わかってはいますが、理想が無ければ現実しかありません。現実は誰にとっても現実ですが、理想は人それぞれが持ち、それらを擦り合わせていった結果が現実であり世間ではないかなと感じています。故に誰の理想の結果の社会ではなく、利害や立場によって成り立っていると言えます。

例え理想が崇高であっても、育ってきた環境により、崇高だったはずの理想は崇高に見えているだけのハリボテで、中身は空っぽでお里が知れます。なんだこいつ見掛け倒しのやつだったか、と後から失望することは、多々あります。一朝一夕に培うことができないのは、環境による雰囲気や人となり、考え方や一挙一動一投足、食事作法や考える方向性や言葉に如実にあらわれてきますが、周囲の環境がそれを許容していれば、その惨めさを知らずに傷付くことなく、安暖と暮らしていけますが、本質的な進歩にはならず、無意味でもあります。己を認めてくれる同質の人間を周りに置くことで、安易な安心感は得られますが、それはうすっぺらな安心感に過ぎず、本質的に変わろうと能動的に動こう、感じようとしなければ、やがて周囲から見限られ、一人になってしまいます。

一人になっても、やがて同様に同質の人間がやってきてまた離れていっての繰り返しの中で、成長することなく、時間を無為に過ごしていくだけになりそうです。

根本的に人は寂しがりです。

私にこの感情は理解できませんが、寂しいとか孤独とかを感じてそれを埋めるための手段を安易に目に見える他人に求め、求めていることと違うことをされると、裏切られたと言い、怒ります。

そんな様を冷静に見て分析すると、鬼だ悪魔だ冷血だと罵離雑言が飛んで来ますので、それこそお里が知れると言うものです。責めやすい他人を責め、満足を得たり自己嫌悪に陥って、自分は世界で一番不幸だと言い出したりするので、これまた始末に終えませんが、ここで同情的な言葉をあげると「わかってくれるか」とばかりに愚痴が出てきます。ははは、なんと分かりやすいシンプルさ。

そういう私自身も同様ですので、人の振りみて我が振り直せとばかりに己を客観的に見よう見ようとしていくと「世間から浮いていてちょっと不安だからやめて」と言われました。どこまで世間に寄り添うか、距離を置くかは本来は自分の自由ですが、確かに立場的に世間体を考えるとよろしくないので、理想に燃えながらも理想は理想、現実は現実と割りきるようになりました。すると今度は「昔あった情熱が感じられなくなった」という意見がちらほら聞かれるようになり、これまた悩みました。

実に些末な悩みでしがらみや立場、責任、世間体を気にした結果の悩みですが、根本は理想と現実のギャップに起因しています。

理想を実現したらそれは現実になります。理想を実現するためには現実や社会を相手に要領よく立ち回らなければ全ての責任がこちらに向きます。

そんなもの知ったこっちゃないと言いきれるだけの、確固たる自分と言う名の無責任さを持っていますがそれを全面に出すだけの度胸はありませんし、それは既にできない場所にいることは認識しています。

ただお里が知れるような低俗で下品な人間には生理的な嫌悪感のほうが強く、付き合いを深めてしまうと朱に染められてしまうという強い懸念がありますので、あらゆる人たちとは絶対に距離を置きます。

その結果、同志と言えるだけの信頼関係を築くことはできましたので、私は既に満足でもあります。

そう思っていても、次から次に押し寄せる律儀な時間に流されて行き、理想と現実のギャップを思い知らされ、また悩むという糧を得て、数年後にはこれが私のアイデンティティの一部になることでしょう。とは言え、悩みの渦中にいるときは全てを投げ出して一人になり、思う存分に思索して自己探求に専念し、自分でも知らなかった己の本質を見付け、新たな階段を進むのです。環境の変化に傷はつきものです。そんな傷は、すでに脛に沢山の傷がある私にとってはまた一つの傷が増えるという事実以外に何一つ意味はありません。まだ傷付くことができる心があるということを教えてもらえるわけですので、感謝できます。

次から次に見えてくる、あるいは見せられる理想と現実のギャップに苦しめられるのは長い目でみたら糧の一つであり経過の一部に過ぎません。その程度の事象にいちいち意味を考え、苦しかったり切なかったりというそれこそ一時的な感情に振り回されるほど、若くはありませんし、そうして冷静に自分を俯瞰していると、人間って豊かな感情を持っていて、なんと不安定で曖昧な存在なんだろう、と改めて冷静になっていき、厭世的になり他人から見たら「いい加減な人」というわかりやすい評価をいただきます。

「普通は嫌」というのは誰でも言いますし思います。その気持は理想です。やがで現実に押し潰されるか、理想が現実になって、やはり押し潰されるかのいずれかに過ぎません。そして私はそういう人々を見てバカバカしいと思うのですが、私もそのバカの一員です。

全てを捨てさり、その痕跡すら残さずに愛する人と自給自足でゆったりたおやかに過ごしたいものですが、それは夢ですし理想ですので、現実にしてはならないものです。

人間は男だろうが女だろうが汚いものです。だから人間は嫌いですが、責任や立場といった大義名分を持って現状にとどまるのが私の役目と言い聞かせ、衝動的な気持をいなし、自分を客観的に眺め、己の人生さえも冷徹に分析し、それを続けられるように誤魔化して生きている不誠実で卑怯な考え方に至っています。この感想でさえ、客観的なものでしかなく、主観的に考えれば相対的には、普通よりも遥かに華やかで楽しく悠々自適な生活を送っていると言えます。そう思い込むことで、現状に満足を感じるように仕向けて、自らを誤魔化すのは既にお家芸とも言えます。

そんな私に「それは本心なの?」と純粋な問掛けをしてきた人が居ましたが、それを「挑発の言葉」と瞬間的に受け取った自分に激しく嫌悪感を感じ、心の奥底をえぐられました。

きっとこの言葉をもらうために今まで関係があったのだろうな、と冷静に分析しながら、これが本心だろうと嘘だろうと何も変わることがない「理想と現実」を天秤にかけていた卑劣な自分を発見し、さらに自己嫌悪を覚えました。

理想はあくまでも理想でなくてはなりません。私はそれを知っていますし、本心を明かした結果の答えすらも予測の範疇内をでませんでしたので、所詮そんなもんだろうなと感じたまでです。裏切られて自分が傷付くのはイヤなので、他人に期待はしません。だから見ているだけですし、何もしないのです。そしてやはり全部がシナリオ通りになりそうなので、軽い失望感はありつつも所詮は他人の人生ですので、適度に刺激と言う名の糧をもらう程度の関係でいいのです。

そう割りきって理想を見つめつつ現実を生きて行くのが、やらねばならない私の役割ではありますが、いずれは全ての痕跡を可能な限り消し去り、塵になっていくのが究極の望みなのです。
境界線まで辿り着いた / 2007年5月23日
ボクの目の前に境界線があります。

これは越えてはいけないと言う印の線です。ボクはこれを越えません。越えてしまったら境界線がここにある意味がなくなりますし、その先にある風景も想像できます。例え想像を絶するようなものであったとしても、この境界線を越えない限り好奇心は刺激され続け、掻き立ててくれますので、自分のためにも越えてはならない線なのです。

延び続ける境界線の果ては知れません。ということは境界線に沿って歩くことは許されそうです。

そうして歩いて行くと、行く手に光が見えました。

あの光は入り口の光なのか、それとも出口の光なのかわかりませんが、歩き疲れたし光のところに行けばきっと暖かいだろうから、境界線に沿って歩いていることも忘れてそこへ向かいました。

光に辿り着くと、外の世界が広がっています。美しい山々に薫り立つ緑に目に鮮やかな花々。遠くからは川の音も聞こえて来ています。

あぁ、ボクはこんなに広い世界が外にある事を知らずに、境界線に沿ってただひたすら歩いていただけだったんだなと実感しました。こちらの世界に境界線などありません。暖かくて明るいここを、遠くに聞こえる川の音を頼りに歩いて行きます。川は綺麗だろうな、その先には滝もあるんだろうな、と想像しながら草いきれの中を歩いて幸せを感じます。

川の音を頼りに小径を歩いていると、大きな木が見えたのでそちらに行きました。樹齢を想像するのもバカらしくなる程に巨大で、根はしっかりと広がり大地をつかみ、深く食い込んでいます。しばらく根に寄りかかって眠りました。

穏やかな木漏れ日に、時折吹き抜ける涼やかな風は頬を撫でていきます。風向きが変わり、少し湿気を感じて目を覚ましました。

起き上がり、根の周囲を回ってみると木のウロに薄汚れたコンクリートの階段が見えたので、なんとなく降りていきました。降りるに従って、ジメジメとカビ臭く陰気な空気が漂ってきます。降り切ったところに洋風の扉があります。随分と厳めしく、立派ですが汚くよごれてしまっています。それがよりいっそう触ってはならないと思わせる雰囲気を醸し出しています。

好奇心に後押しされ、その扉を軋ませながら開き、中に入りました。スイッチのある場所は知っていますので、電燈をつけました。安っぽい裸電燈に照らされた狭い室内はカビ臭く薄暗く陰気です。徐々に薄暗さに目が慣れてきて、壁一面に小さな引き出しが整然と並んでいるのに気がつきました。右の壁にも左の壁にも小さな引き出しが並んでいます。真正面の壁にはまた扉があります。部屋の真ん中に机と椅子があったので、そこに座りました。

ふと、後ろを振り向くと後ろにも椅子があり、見覚えのある少女が座っています。

ボクは嬉しくなって声をかけました。

「あれ、久しぶりだね。こんなところで会うなんて」

「あなたがここに置いていっちゃったのよ」

と、遠くから応えます。

「ここはあなたの心の中。壁の引き出しはあなたの魂の記憶」

「そうなんだ。置いていくなんて悪いことしちゃったね。また一緒に行こうよ」

そう言葉をかけると、彼女は嬉しそうに椅子から立ち上がって歩いて来ます。
近づくに連れて成長していきます。

「大きくなったんだね」

「もう十年、ここにいたのよ。壁の引き出しを開ければ、いろいろわかるはず」

「それは今はいいや。それよりあっちの扉から向こうへ行ってみようよ」

そう言ってボクは彼女を連れて扉から出ました。
扉は境界線。
見分け方 / 2007年5月22日
個人的に気を付けていることがあります。

大阪と一口に言っても細長く、淀川から大和川までを「市内」と呼びます。大和川から南は堺を境に「和泉(いずみ)」があって、やがて和歌山になります。和泉はいわゆる泉州地方で、「だんじり祭」で一般的に知られています。関西以外から見た大阪の一般的なイメージは泉州です。

大阪に引っ越してきたばかりのころ、特定のナンバーの運転が荒っぽいことに気付きました。だいたい、和泉ナンバーでしたので「だんじり運転」と名付けました。また、クルマに乗りながら怒鳴り合いをしている様を、比較的よく見ますが、八割方は和泉ナンバーです。たまに大阪ナンバー。

さて、クルマの運転も特徴的な泉州地方ですが、方言がもっとも特徴的です。堺の喫茶店などで聞こえてくるカップルの会話は喧嘩にしか聞こえません。

「われぇ、コラ聞ぃとるんけ。お?」

女性では「あたし」を省略して「あっし」と言う人もいます。

さらにいくつか特徴をあげると、「年齢の上下を気にする」「年下や女性に偉そうになる」「岸和田のアクセントが和にくる」「くちづけにこだわる」「声がでかい」「昔のヤンキー系ファッションが多い」「だんじりの季節は血が騒ぐ、あるいはだんじりのために一年があると言う」「酒は呑まなければならないと思っている」。地元では泉州弁を喋っていても、市内に来ると大阪弁になる人も居ます。市内にはさらに船場言葉というものもあり、微妙に抑揚や単語が違い、雰囲気を変えます。船場言葉を喋る人はほとんど居ませんが、極稀に耳にして、おや、と思うことがあります。

今や、会ったその瞬間の雰囲気で泉州かどうかがわかるようになりました。というのも、上記の特徴と似通った地域が他にもあって知っていたからです。それは、博多や北九州です。同質の空気感があります。北九州はもっと壮絶ですが。

実はこの関連には深い理由があります。クルマがない時代、もっともっと古くは縄文時代から九州と堺界隈は瀬戸内海という、海の高速道路で密接な関係を築いていました。考古学的にも証明されていますが、その交流は近代まで続いていましたので、人的あるいは風俗的共通点が多いのは納得です。

九州には朝鮮半島経由で、さまざまな文化が持ち込まれてきました。同様に、出雲地方にも入って来ています。出雲からは日本海沿いに新潟方面に伝播され、東北地方に既にあった文化と融合していきます。出雲文化と東北文化が混じりあって政治を行っていたのが、卑弥呼で、三輪山を遥拝するように巨大な祭祀場あとが見付かっています(纏向遺跡)。この界隈は魏志倭人伝に出てくる邪馬台国の有力候補地でもあります。縄文後期〜弥生時代前期ではないかなと想像します。

さて、九州、出雲、吉備、泉州、飛鳥に有力勢力があり、とりわけ出雲は特殊であったようだというのはハッキリしてきています。東北の方にも有ったようですが、夷としてしか残っていません。

そんなころ、九州にいたイワレヒコと言う人物が東に向かって旅に出ます。九州から船に乗り、瀬戸内海を通って大阪に上陸します。現在の大阪城あたりらしいということですが、この際に大阪を治めていた豪族ナガスネヒコと戦いになり、撤退して和歌山の那知海岸から上陸し和歌山を縦断します。その進軍を先導したのは土着民達なのですが、今では八咫烏と呼ばれています。土着民達の水先案内で吉野山を越えて飛鳥から奈良盆地に入り生駒山を越え、ナガスネヒコを背後から倒します。ナガスネヒコにはニギハヤヒノミコトという裏切り者が現れ、あっけなく破れて東北地方へ逃げて行きます。ニギハヤヒノミコトは天孫ニニギノミコトの兄とされていますが、これは都合良すぎるので恐らく後の捏造っぽいです。そしてイワレヒコは畿内界隈を治め、橿原神宮をつくり神武天皇を名乗ります。日本の正史上、初めての天皇となっています。

神武東征という伝説で、どこまでが事実なのかはさっぱりですか、和歌山には神武進軍を模したような神事が残っていますし、抵抗がなかったところはそのまま従属し吸収されていますので、交流が合ったと思われる泉州が出てこないのは理解できます。時に弥生後期古墳前期と推察されます。


ていうか、超閑話休題。


大阪外の人間からみたら、市内や泉州の違いはわかりませんが、生活をし始めると違いがクッキリ見えてきます。ほうほうなるほど、と興味深く拝見するわけですが、朱に入れば交わってしまうのが人間ですので、適度な距離が必要と考える私にとって、見分ける手段を持つのは重要なのです。自分は自分の色を持ち、何にも染まらず吸収をしていくのが私の色です。

だからいろいろな地域に住み、そこの文化やそれを育んだ歴史を知るのが全て糧になり、楽しみになるのです。今の興味は国内に限れば四国地方、北陸地方、東北地方です。しかし自分を大阪に留めておかないと、それこそどこに行くかわかりませんのでそのようにしてきましたし、同様の理由でクルマの免許も取りません。

地域に縛られておかなければならない役目の人は文化継承と意味で、例え中身が空っぽで形骸化していようとも、その役目は重要です。また逆にあちこちを知り様々な国内の文化を知り、違いを浮彫りにして、狭い国土でも様々な文化が思い思いの方向に広がっていることを知る人も必要です。

そうした自己矛盾に気付きながら、現状をぼんやり過ごしていても、これは時期を待っているだけに過ぎず、先の知れない未来を想像するだけでワクワクできます。

男も女も、深い関係になれば知らずうちに影響しあうものです。だからこそ、若い内の盲目の恋愛は必要ではありますが、それは必要なだけでしかなく、全ては経過に過ぎず、本当に盲目になっていく様は不憫であり愚かであり、見たいとは思えるものでは無く、かといって直接的な言葉では正論にしかならず、意地の恋愛を作り出すだけにしかなりません。

そしてこれはやがて柔軟さを失っていく過程になります。だからこそ、柔軟な人を見付け、回りくどくとも自分で考えて、自分が本当に幸せを得られる様な結論に達することができるようにするのが、補助輪としての私の役目かなと、僭越ながらに感じるわけです。

直感的に正しいと思っても、その直感の出どころが自己防衛の直感なのか、建設的な直感なのかを判断できるだけの本質的な土壌がなければ、直感はただの都合のいい思い込みです。そうした土壌は特に幼少期から思春期にかけて培われます。耕す環境が左右するわけです。そうして耕されたあたりまえの環境で実る実は極めて特色があるわけでもなく、個性的でもなく、可もなく不可もないただの実となり、収穫されることなく鳥の餌になるか、無駄に熟れきって落ちるだけです。

しかしこれが世の中における美徳であり、そこに安心感を覚え、幸せと感じられるならそれでもいいのです。私にとってはかけがえのない糧ではありますが、距離がある限り他人の人生だと、冷徹に分析できます。

善悪の二元論ではなく、私の価値基準の一つですので、害が及ぼされない距離を保っていければ楽しくていいのです。

こうした考え方の根本には、信頼できる人や場所があるからであり、私はそれに対してただただ感謝するばかりです。

次はどこで暮らそうかなと、妄想してやみません。妄想くらいなら許されることでしょう。

渦中にいると見えないことも、距離をとり客観的に見ることで、己の世界の狭さを知り、もっと広く世の中を、人間を、文化を、営みを知りたいと思ったのは、こんなに狭い大阪でさえ、極端なまでの文化の違いを身を持って知ったからとも言えます。

初めて大阪に来たときのカルチャーショックは強烈で未だ鮮烈に脳裏に刻まれていますが、更にそれが細分化できることを知り、奥の深さを知った次第です。

とは言え、若い子の考える計算や打算と言った腹は透けて見え見えなので、これはこれで刺激的で興味をそそられてなりません。この計算も年と共に現実的になり駆け引きになってきたら、それは極めて一般的で当たり前で筋の知れきった三文芝居になりますので、敬遠してまた次の面白い人を探すのです。しかし根っからの泉州、九州の人は男も女も基本思考回路はだいたいパターンから外れず、概ねシナリオ通りなので、深い付き合いは避けます。深い付き合いをしてしまうと、疲弊して飽きるだけというのは身を持って教えてもらえました。

何年かけても変わったフリをする術に長けるだけで、変われません。そして補助輪があったとしても、それは道しるべを示し手助けをするだけで、舵取りはできません。違うなと思ったら補助輪は勝手に外れてなくなるだけのものなのです。補助としてのアドバイス以外は何もしません。

知らずに朱に染まることと、知っていながら朱に染まっていくことを見分けられないでいることは客観性を失うことになり、私にとって危険なのです。
意思の伝え方 / 2007年5月21日

今やコミュニケーション手段は色々あります。会って喋らなくても、意思は伝えられますし、またその記録を残しておくこともできるようになりました。メールや電話にチャットなどそれぞれ様々ですが、それぞれにメリットやデメリットがあります。

いずれも使い分けです。

メールだから言えるけど、それ以外では言えないという人もいます。また、メールで文字として読んでから、喋ってさらに理解を深めて、という使い方もできます。そしてこれはメールとして記録が残るので、後で読み返してさらに理解したり、というケースもままあるようです。

個人的には、声に出さずに伝えた内容は伝えていないものと同意と感じています。言葉に出すのと出さないのとでは、まるで違います。従って重要な話や混み入った話の場合は電話か会って話をします。あるいは先にメールで伝えておいて、改めて電話をして理解を促すなどとします。言葉は大切です。言葉自体に力がありますし、言葉は受け取られてさらに力を発揮するものだと思っています。空気を揺るがし伝えてこその言葉です。

便利な時代にはなりましたが、真意が伝わりにくい不便な時代な気がします。
偶然に装われる暗示 / 2007年5月20日

いろんな偶然が重なってるね、という話をしていたら「暗示は得てして偶然を装うものだから気をつけないと」と言われました。

おお、なるほど、まさしくその通りと激しく同意しました。事象の連続に意味付けを行うのは、私たちですので、そこから読み取ることができるのも私たちです。それが偶然であれ意図であれ、自然の美醜を感じることと同じように、感覚的に意図を読み取り暗に示された道を知ることができるものだと思います。

そしてフラリとコンビニへ行こうと外へ出たら、美しい夕闇に下弦の月。天頂は漆黒に近い藍色。西の空へ下るに従って紺色から緑色と橙色が渾然一体となり、微妙に黄色が入って来ています。澄み渡った空に下弦の月が金星をお供に輝いていました。宵の明星です。

以前に見たくて見えなかった月が、タイミングが合っただけでいい時間にいい場所ですんなりと見えました。

結局、全てがこういうことなのでしょう。
感じることは能動的なこと / 2007年5月19日

何かの物事に接して感動したり、共感したり、傷付いたり、何かに気付いたりという感覚的な物事というのには、能動的な行動が必要です。絵にしても風景にしても音楽にしても、それらはただの物事であって現象でしかありませんが、それを観た自分が積極的に意味付けや彩りを与え、感動を覚えたりするものです。従って、能動的に感じようとしなければ、空はただの空ですし、風はただの風ですし、木はただの木です。

能動的に物事を感じていくと、様々な感覚が磨がれていき、些細なことで傷付くこともあります。そうして傷付いて行くことが繰り返されると、反動でいっそ無感覚になりたいと思うこともあるかもしれませんが、些細なことで傷付くことができるのは、能動的に物事を感じていっている証でもありますので、そこで萎縮せずに、さらに能動的になって行ければ彩り鮮やかな生活になりそうです。

恋愛等は能動的に感じていかないと始まりません。基本的に自分を騙し、思い込みから始まるのが恋愛です。だから思い込みんでいたことに飽きてくると、恋愛の終わりがやってきます。恋愛感情がない場合は、そうした思い込みを始めていないので、終わりがありません。

感じ方も年齢によって大きく変わって来ます。様々な要因で変化するわけですが、十代〜二十代半ばまでというのは、取り分け大きな変化を生み、その後の人生に大きな影響を及ぼします。即ち、この時期に中途半端なことをしてしまうと後々まで尾を引くことは多々あり、それに縛られたまま行く人もいます。

出会いや別れを繰り返す中で、絶対に必要な人と出会うことは極めて稀と言えますが例え出会ったとしてもその出会いに気付くだけの積極性がなければ、出会っていないことと同じになってしまいます。でもそういう人に出会う機会ってのは一生に三回あればいい方で、そもそもそういう出会いなんて無いくらいに思っていた方が間違いを犯すことがないので、いいかもしれません。

もっと真面目に、もっと誠実に、もっと丹念に、自分の足下固めを行ってきちんとした「社会的地位」を築いてから動き出した方がいいのかもしれません。趣味は趣味程度、息抜きは息抜き程度、仕事は仕事程度で気楽にゆったりたおやかに、愛する人をただ見つめながら、我のことを一つずつこなしていくことにします。一度社会に埋もれて精彩さを失ってから、再び取り戻す自信はありますので、もう一度それを経験してもっと強い反動を得たいと考えます。

精細さを失い、社会に埋もれても、能動的な気持ちは忘れずに持っていれば、ありとあらゆるところから糧を得られるので、全て有りです。
GoogleEarthの誘惑と示唆 / 2007年5月18日

MacOS X版のGoogleEarthも快適に動くようになり、誘惑に駆られて困ります。旅行に行きたい。ツアーのような旅行ではなく、行きたいところへマイペースで行きたいのです。

きっと危険です。
ていうか、かなり危険です。

中国からチベット経由して、北回りでウズベキスタンやルーマニアを通って、ヨーロッパへ。一年近くかけてゆっくりのんびり。そんなことが可能かどうかは置いてといて、GoogleEarthを眺めているとそんな妄想に囚われます。もっとも、行ってみたいな違う国、という次元の妄想に過ぎません。実際には時間と経済的な理由で難しいからこそ、極端な妄想をしているに過ぎないのです。

あそこやここに行きたいと枚挙に暇はありませんが、アメリカは出てきません。

と、書き連ねてみたものの日本以上に魅力を感じているわけではありませんが、これは行ったことがないからそう思うだけかもしれません。フィレンツェやアッシジにローマ、バチカンとイタリアも行きたいですし、フランスやベルギーなんかも魅力的です。イギリスはあんまりですが、アイルランドは是非行きたいのです。

こういう誘惑に駆られて妄想するのは、単純に今がクサクサした気分だからなのでしょう。不安定なときには安定を欲して、安定的なときは不安定を欲するのは無い物ねだりの常で、無いからこそ欲しくなるのが欲望で、それを目的に据えて達成するのが人生と言う説明がされそうですが、そんな理屈一辺倒の考え方はクソくらえで、欲しいから欲しいだけで欲したものがあろうとなかろうと、衝動的に欲しい時に欲しいのが欲です。目的や達成だとか過程だとか顛末だとか、そんなものは勝手に名付けた言葉の一つでしかありません。意思伝達の為に付けられた名前という記号に囚われてしまいますが、そんなこと本当はどうだっていいのです。一瞬も永遠も等しく同じで、全て泡沫の手前にある事象の一つに過ぎません。

人と違うことをしているつもりでいる人も、実はそういうつもりで居るだけで、だいたい同じことをしています。一般常識を知らずに人と違うことをしようとすると、結局そういう程度と方向になるんだよな、と覚めた目で見てしまいます。所詮、想像の範疇を出ません。結末のわかりきった物語ですので、最後まで読もうとは思いません。表紙を閉じて本棚に戻すだけです。

とはいえ、自分が自分で実感しないと行動に本質が伴わず、無意味ですので忍耐強く見て行くしかありません。何事においても距離さえ間違わなければ、私にとって糧になりこそすれ害にはなりません。GoogleEarthも高い高度からみたら地球は丸く美しい青い星ですが、高度を下げて行くに連れて汚い地表が見えて来ます。国境線などという記号を表示させると、さらに分断線が引かれ、無意味な先が縦横無尽に走り回ります。それを見て、国境線の多さにうんざりして旅行に行くという気分すらも萎えきってしまうのです。こんなアプリケーションなどは終了してしまえばそれで済みますが、人間関係はそうはいきませんので、距離を置くのが肝要です。見たくありませんし、見せたくもありません。

どういうわけか、安定するとそれを守ろうとする傾向が知らずに出てきます。不安定だったときと安定のときとを比べて、相対的に幸福を感じ、幸福感を守ろうとします。

安定も不安定も不幸も幸福も、なにもかも自分の糧にするのが人生です。
底が知れた糧にならないものは不要なのです。

GoogleEarthだけでなく、パソコンは糧ではなく、道具の一つです。
パソコンが糧になっていた時代は終わりました。

次の場所は見えて来ています。
楽し過ぎます。
異常にリアルな頭の中の着信音 / 2007年5月17日

ときどき、鳴ってもいない携帯電話が鳴った気がすることがあります。なんの脈絡もなく、唐突に電話が鳴り出して携帯を見るのですが、実際には鳴っていませんし、履歴もありません。ただの空耳です。あまりにリアルなので気持悪いなと思っていると、実際にその人からかかって来たりして、慌てます。

そういうことがあると、かかってこなかったりした場合に、それはそれで気にかかります。気のせいなのか虫の知らせなのか、もうどっちでもいいわ、と無視するようにしてますが、すっきりしません。

空耳は空耳でいいのですが、最近どういうわけか神経過敏です。以前は気にならなかった些細なことが気になります。神経質で嫌なので、ことさら図太くなれるようにしていますが、そのベクトルを間違えてしまい、O型と間違われることしばしばです。

ここ最近で神経に触って困るのが、テレビの音です。スピーカーから出てくる番組やCMの音ではなく、ブラウン管の発する高周波の音が耳に痛いのです。キィィィゥィィィンという音を出していて、これがいちいち神経に触ります。

それからパソコンのファンの風切り音。ハードディスクのシーク音。いずれも静音性の高いものを使っているのですが、耳障りに聞こえてしまいます。

という話をしたところ

「聞こえない」
「気にならない」

と言われたので、極度に神経質なだけです。もともと物音に敏感なので(動物的)、うるさい場所は苦手です。すれちがいざまの他人の言葉に相槌を打ったり、返事をすることもありますので、変なヤツです。最近で一番気になったすれちがいざまに外国人観光客達が「sister
is crazy!」と言っていたのが非常に気になりました。何!?と思いながら行き過ぎたのですが、未だに気になっています。

耳や目で感じる感覚的なものというのには幅があります。目に見える波長の光は可視光線で表される虹色です。可視光線から外れている波長の光は人の目には見えません。音も然りです。高過ぎたり低過ぎたりすると、超音波や低周波となり耳では感じません。この幅の広さは広ければ広い程、表現力が豊かになります。人は何かを見たり聞いたりしたときに、その感じ方の基準を自身の中に持っていて、それと比べて相対的に「良い悪い」とか「大きい小さい」とかを感じています。感覚とはそういうもので、フォルテやピアノという音の強弱を表すものも、「ボリュームを大きく」するのではなく、他よりも「強い」あるいは「勢い良く」という意味合いになります。小さい音を聴いている時にいきなり大きな音を聞いたら、大きく聞こえますが、耳が大きい音になれたあとに小さい音を聞くと、聞き取れなかったり異常に小さく感じたりしますし、暗いところが暗ければ暗い程、暗くない部分はより明るく感じます。暗いところから明るいところに行ったときに目が見づらくなるのも似たようなものですが、こちらは機能的な側面に由来しますので、ちょっと原理が違います。

速い遅いといった速度も、時間で計測しなければ同様です。一定のリズムがあるから、それがゆらいだ時に出る変化が気持ちよくなるわけで、ずっと不安定なリズムでゆらいでも気持ちが悪いだけになってしまいます。

こうした感覚は理屈ではありませんので、教えたり教わったりしたところでわかるものではなく、実感したり目で見たり触ったりして、空気に触れて感じて浸透して初めて飲み込むことができます。そしてそれを応用しようとなると、落ち着いて客観的に見て行く必要があります。音楽などは顕著で、演奏側と視聴側では全く異なります。

神経を張り巡らせていろいろな音や映像といった作品を見ていると、頭の中でリアルに鳴り響く携帯電話を取ってみたくなる妄想に駆られます。
赤いタンバリン / 2007年5月16日

と言う感じです。更新し続けてきた文章を読み返してみて、こいつ何様なんだ、と感じて昨日はおやすみしました。更新を続ければいいってものではありません。

書き出してみたものの、徐々に愚痴っぽくなったり、罵離雑言が並んだりしたので、すっぱり気分を入れ換える必要がありそうだな、と感じたのです。

いやぁ、初夏ですね(脈絡なし

窓から入ってくる風が心地よくて、これは仕事どころではありません。と思っても目の前には雑多な予定が山積しているので、身動きもままならず、窓から時折入ってくる風で必死に初夏を感じている始末です。

あ、いかん。
まだ愚痴っぽいではないか。

さて、こうした季節の代わり目は情緒も不安定になりやすいものです。次から次に低気圧や高気圧が入れ替わり立ち代わり、日本を通過して行きますので気圧の変化や温度湿度の変化が激しく、敏感な人は陰鬱な気分になったりイライラしたりということがあります。

たかだか気圧の多少の変化にいちいち反応するのも馬鹿らしいうえに、振り回されるのもアホらしく、イライラする自分に更にイライラして、馬鹿野郎、目に着くもの片っ端から腕が折れるまで殴り壊してやるなどと考えてしま。。。いません。ごめんなさい。

とにかく余計な事を考えず、計画を持って具体的な行動に移らなければならなくなってきています。自分の中の激烈な側面が、暴れだしそうです。ただし、計画や行動には冷静さも必要です。それを維持するために筋肉トレーニングでもしようかなと検討中です(明らかに間違った結論

いつの間にか常に自分を俯瞰して見るようになってしまいました。そんな癖がついてしまうと、まるで結末の知れている映画を観ている気分です。

私は結末を予想しながら映画を観ています。すると、猫がやって来て言います。

「さぁ、もう行こう」

「ちょっと待ってね。もう少し見ていたいんだ」

と返事をしますが、猫は少しバカにしたように鼻を動かして

「物語はなんだって結末を知らない方がいつまでも楽しめるものさ。いいから行こう」

と急かします。猫はいつも冷静に私の前を歩いて行きます。幼い頃の遊び友達は猫でしたので、たまにこうして夢に出て来ます。そして私は素直に

「わかったよ。行こう」

と従うのです。状況は暗示的ですが言っていることは真理です。といったところで、夢はやっぱり夢に過ぎませんし、それは記憶の断片の一部でしかありません。
「あの娘のことが好きなのは。赤いタンバリンを上手に打つから」
とBlankyJetCityの音楽を聞きながら歌っていると、向こうの部屋から
「oh愛という言葉に、火をつけて燃え上がらす」
と続きを歌う声が聞こえて来ました。これとて記憶の断片となり夢なのか現なのかあやふやな場所にあります。BlankyのLastDanceというライブに行ったこともあやふやです。

未来は経過して過去になります。過去と現在との距離はあるようでいて、あると思っているだけで実は通り過ぎた時点で全てが等しくあやふやな夢と同じ記憶の断片の一部になっています。現在と未来との距離も同様で、時間という概念を時計で見るために距離を感じますが、未来への想像もやはり夢と同様で、従って現在以外の事象は全て同質ではないかなと考えたりします。

こういう風に考えてみると、物語の結末も未来にあるものではなく過去にあるものかもしれませんし、あったとしても夢と同様で、従ってそこに経験して得られるものがあったとしても、猫が冷静に言うようにそうした結末などを知らないまま今を楽しんで行くというのがいいのかもしれません。

要するに、その物語にこういう結末があるだろうと予測しながらその場に留まって見続けている私は、自分の予測が正しいことを知りたくて惰性で見ているだけにすぎないのです。そんな私を、猫は私が素直に喜びそうな言葉を使って諌めたのです。

一瞬も一秒も永劫も永遠も等しく同質です。
だからこそ、できることからマイペースで今やっていくのが建設的と考えますが、それは周囲からみたると自己完結型に映り、振り回してしまいます。

そして、さらに自分を俯瞰して観ると、つらつらと考えたり苦悩したり傷付いたり傷付けたり楽しんだり喜んだりなんだかんだとしたところで、全て自分の糧なのだから一つ一つの結論に取り分け意味があるものでもなく、だったら人様に迷惑をかけないこぢんまりした安定的な生活を送った方が気楽でいいんじゃないかと打算的な妄想に取り付かれてしまったりもします。しかしこれとて実は糧です。感覚を磨くには感覚の幅を広く持っておく必要があります。それがそのまま表現の幅に繋がります。感覚の幅や表現の幅は人間の深みから醸成されるものでもあります。

だから、また赤いタンバリンを上手に打てる人に出会い合いと思うのです。
お休み / 2007年5月15日

気分が変わるまで、ちょっとお休みです。
感覚の共通と相違 / 2007年5月14日

前に弟と大阪の雑多な町並みをウロウロしました。古臭い商店街を眺めながら、歩いて歩いて行ったら堤防が見えたので登りました。

眼下に広がる淀川に、夕陽に染まっていく高い空をみながら、あぁいいな、と思ったら弟が隣で体を伸ばしながら

「あぁ、いいな。せいせいするな」

と言ったので驚きました。
まさしく同じことを感じて口に出すところでした。

実に素朴な感想です。確か宮沢賢治も同じことを詩に残していた記憶があります。

雑多な町並みから抜け出して堤防に上って見える景色は皆同じです。流れる川に広い空は皆に同じように見えます。どう感じるかは、千差万別です。育って来た環境や学んで来たこと、出会った人々で感覚は変わります。共通の両親の元で育った弟は根本的な感覚が共通になるのは、必然と言えます。そこから様々な過程の影響により差異が生まれていき、多様性の一端になっていくのでしょう。

多様性が社会を作り個性を作り差別を生み政治を形作り世間が成り立ち常識というルールができ、逆に多様性を抑え込もうとしていきます。そうして空気のように出来上がって当たり前にそこにあるものを、それと意識して従っていくことと、そうした枠組みを知らずに当たり前にあるものだからと従っていくこととでは、結果として雲泥の差を生み出します。

その差は、考える幅や視野などに顕著に現れてきます。

物事を考えるにあたって、枠組みは不必要です。「こうあらねばならない」という限界や世間体、常識、社会性といったものは何かを考える際には足枷になります。こうした枠組みは「考える」行為の多様性を抑止してしまいますので、考えるときにはこの枠組みを取り外して考え、行動に移す際に枠組みと考えた結果の欲求と、如何にすり合わせるかを工夫すればいいのです。ところがそれと知らずに枠組み内に収まっていると、考える際に既に枠組みの中で考えていきますので、出てくる結論は極めて一般的であり想像の範疇を出ることはありません。従って無難なもので、面白味もなく、そんな結論が出るのであれば誰が考えても差異はないというものになります。多様性を抑え込んだ教育の過程の成果と言えます。ちょっと前までの「ゆとり教育」などは、自分達よりも優秀な人間を作り出さないための手段だったのではないのかと妙な方向へ考えてしまいます。実際にやってみたものの、逆に水準が低くなりすぎてこれはまずいという結論になったようですが、あとの祭りです。むしろゆとり教育はある種の「ふるい」としての機能を果たすかもしれません。

能動的に学習できる人間と、受動的にしか学習できない人間の二種類に別れつつあるように感じます。これは教育格差の二極化に繋がりますので、利用する人間と利用される人間、搾取する人間と搾取される人間、という二種類になり、せっかく多様化が進んだものを後退させることになりますので、利権保持には有効ですが国家運営という視点で長期的に見ると失策と言えそうです。

さて、これから団塊の世代が続々と定年退職していきます。この世代は極端に人口が多く、今までの日本経済発展を支えてきた人々です。そして、若かりし頃には安保闘争など血気盛んにとにかく発散して、その後きっちり社会に収まっていった人々です。その人たちがある程度の小金と時間を持って退職になる時代になりました。特にこれといった際立った趣味もなく、仕事一辺倒で人生の大半を過ごしてきて、いよいよ仕事以外の何かを見つけなければ時間の過ごし方がわからない、という傾向が見られます。

マーケティング的にみたら、これからの有力な購買層です。ガンダム世代、エヴァンゲリオン世代とは比べ物にならない程、購買力は高く、消費層としては手堅く有力です。この世代をターゲットとして、予測されているのは消費の多様化です。以前でしたら、消費に関しても一極集中型で、爆発的に一つのものが売れ、それが営業利益の根幹を支えるものでしたが、現在は爆発的に一つのものが売れるということが少なくなっています。幾つもの商品が少しずつ売れていくという形態が徐々に増えつつあるようです。団塊の世代と呼ばれた人たちは、日本全国中流階級世代とも言い換えることができます。これは即ちマスメディアに飼い馴らされた人々とも言えます。常にテレビを見続け、それが当たり前になり当たり前の娯楽以外に楽しみを知らず、ぼんやりテレビを見続けるのです。

先般、NHKの会長が「テレビを持っていて受信料を支払わない人には民事訴訟を起こす」という旨の発言をしていたと報道されていました。ネットでは随分叩かれていましたが、所詮はテレビ屋です。メディアを持っているものが世間を操作できますので、一番強いと言えますがこの姿勢はいただけません。テレビの時代は終わりを迎えつつあります。地デジへの移行は徐々に進んで行っているようですが、私の周囲ではテレビを観る人が徐々に減っていっています。もはやNHKでも民放でもスクランブル放送にしてくれ、と思うくらい不要です。NHKの前までいって、テレビをハンマーで壊しまくるデモンストレーションでもしたくなるほど、反感を覚えつつ、もはや不要になった邪魔なテレビを如何に処分するかを考えています。

そう思っているのは、私だけで、テレビが無いと落ち着かない、という人は思いのほか多いことに驚かされます。テレビの話題についてい行けないと仲間はずれにされる、などというのはバカバカしい話ですし、テレビの話題について行けないくらいで仲間外れにする人間と付き合う方がバカかもしれません。テレビの話題以外に話題がないからテレビの話題をしている、というのが本当のところかもしれません。裏を返せば、それだけつまらない生活を送っていることを露呈しているように思えてなりません。

そして、これは安易に共感を覚え、感覚を鈍らせていくだけのものでしかありません。他者との感覚の相違が少なくなればなるほど、刺激は無くなり面白味のない人間ができあがり、多様性が少なくなっていきます。

若い男女の容姿などは、それを顕著に物語っています。
みな制服の如く同じ格好、同じ髪型、同じ化粧。

心斎橋筋に立って遠くまで見渡すと、同じ人々が同じ表情で同じような内容を喋っている様に、異様さを覚えます。
ケーブルを這う赤い虫 / 2007年5月13日

ふと見ると、机の上で丸めておいてあった白いケーブルに虫が這っていました。小さな小さな虫は忙しく足を動かして、ケーブルをすすんでいます。そしてそのケーブルは巻かれているので、同じ場所をグルグルと忙しなく回っています。途中で引き返して逆回りを始めたり、うろうろ行ったり来たりをしたり、道を見つけ出すことができずに戸惑っているかのようにさえ、見えて来ます。

ケーブルは幾重にも巻かれていますので、段が違っても同じところを回っています。机にくっついているところまで行っても、その先に進みません。そのちょっとした段差が怖いのか、先がないと思い込むのか、またケーブルに戻り、グルグルと回ります。

白いケーブルに鮮やかな赤い虫は、グルグルと回って彩りを与えています。徐々に縦横無尽に走り出しましたが、相変わらずケーブルの上です。

段差を乗り越えれば、広がる世界があるのにな、と書いている今も、まだ赤い虫はウロウロと走り回っています。余りにも不憫なので、殺しました。嘘です。殺せません。ベランダの土に放しました。

そのあと、余計なことをしたかな、と思いました。虫にとってはケーブルの上が居心地よかったのかもしれません。あるいは感謝されているかもしれませんが、そんなことはわかりません。

しかし、このケーブルがケーブルでなく人生や自分のやっていることであったり、虫が虫ではなく、自分自身であったらと想像すると、ちょっとだけゾッとします。普段は虫なんていないような場所に赤い虫を見つけたことで、恣意的なものすら感じてしまいます。

もっとも、恣意的に感じて何かを考えたところで、この赤い虫のように堂々巡りを繰り返すだけで、結局同じ場所から動くことはありません。自分ではそれと意識することなく、赤い虫のように段差を避けているのかもしれません。あるいは無意識に段差が無い方向へ向かっているのかもしれません。しかし、そんな器用で要領のいい人間だったかなと我ながら疑問でもあります。むしろ、まだ段差があるところまで行けてないのでは、という後ろ向きな回答を得ます。

これは、赤い虫の視点の場合です。赤い虫の視点ではなく、それを見ている私自身の視点で、自分自身のことを見ることができれば、爽快です。その視点だからこそ解ることやできることが増えます。

と、赤い虫を見つけたので書いてみましたが、毎日楽しく健やかに過ごせりゃいいじゃん、というところが本音です。
無理、大嫌い。 / 2007年5月12日

久しぶりに週末の夜の電車に乗りました。

この街の臭いと地下鉄の臭いに気が遠くなりかけました。危ない危ない。お酒臭い人臭い香水臭い食べ物臭い。男も女もお酒に酔った目をして、男同士女同士男女大きな声で下品な話をしています。耳を塞ぎたくなります。

あぁやっぱりタクシーにすればよかったかなと電車内で後悔したのですが、途中で降りてタクシーに乗り換えるのもバカバカしいので、そのままこれは忍耐の修行だとばかりに周囲に神経を巡らせて、注意深く観察しました。観察したとはいえ、書けるような内容ではありません。

昔は何度となく「お酒が呑めないと何かと困るよ」と言われたものですが、相変わらず下戸です。臭いすらダメ。それも年々神経質になっている気がするほど、ダメです。それでお酒が呑めなくて困ったことは一度もなく、困らせたことはあります(自己中心的考え)。

お酒は、それを呑んで楽しい人と楽しくない人が居ます。

挑戦してみたこともありましたが、やっぱ無理、大嫌いです。臭い、不味い、そして醜い。酔っぱらった人の目つきは皆同じになります。別人になる人も居ますので、これまた困ったものです。結局お酒そのものへの嫌悪感ではなく、酔っぱらい達への嫌悪感がお酒嫌いにさせているとも言えます。お酒は呑めませんが、これは飲み物です。これ自体に罪はありません。飲酒運転も然りです。お酒を呑まないと楽しめないというのは、可哀想だなとは思いますが、だからといって許されることなどはありません。

ある精神科の先生が、病気の中で一番手に負えないものは、アルコール中毒だと言っていました。本人が止める意思を持って止めない限り治らない病気なので、治そうと思わないと外からどれだけ治療しても甲斐が無いそうです。アルコール所以の各種疾患も同様です。

中学の時に喫煙による健康被害という授業がありましたが、同様に飲酒による健康被害というのもやってくれればいいのに、と最近は思います。喫煙で精神障害は起きませんが、飲酒は精神障害のオンパレードが見られます。中学時分に過度の飲酒による結果を見ておいたら、その後の人生は変わるというものです。刺激が強すぎるかもしれませんが。

それでお酒が好きな人との私的な付き合いは極力避けるようにしています。きっとこの人のお葬式に出るんだろうな、という想像をしてしまいますし、見たくない姿は見たくないのです。

そして今日はぐったり。ああ。

私にとってお酒は風邪をひいた時にのむ薬です。
神秘は神秘だから神秘 / 2007年5月11日

神秘的なことというのは簡単に人を惹き付けます。そこには目に見えないものに対する好奇心があり、神秘というのはその好奇心を刺激するだけで満足させるものではないので、惹き付け続けます。満足はなく、次第に飽きて行くだけです。神秘は目に見えないから神秘であって、みんながみんな誰しもが目に見えたら神秘ではなくただの現実になります。

その神秘を奇跡という形で具現化すると、信じて疑わなくなります。意味の無い奇跡は見世物と同じですので、詐欺的手段の一つです。病気が治るといった奇跡は、自分自身の思い込みで、自分自身のカラダが治したと言えますのでプラシーボ効果と同様で奇跡と捉えるか、治癒能力って凄いと捉えるかの違いだけです。プラシーボ効果の後押しとして奇跡という神秘が役立ったわけです。病気が治ったらその神秘は用済みです。

こうしたオカルト系、神秘系、スピリチュアル系は呼び方はいろいろありますがサブカルチャー的な地位でそのジャンルは常に存在し続けます。UFOも同様です。UFO系はネットでの情報が莫大なので、矢追純一は仕事がなくなったのか最近聞かなくなりました。

書店に行くと、そのときのオカルトブームの視点がわかります。スピリチュアル系では江原さんが筆頭です。超科学系ではフォトンベルトです。スピリチュアル系は哲学寄りになっていけばそれは神秘ではなく自己探求になりますので差し支えありません。

困るのはフォトンベルトの話です。

これは、こういう話もあるんだな、という次元で捉えておかなければいけません。今や様々な情報が氾濫して「アセンション」などという言葉で次から次に本が出ています。だいたいが1刷で3,000部〜5,000部の販売で絶版になっているようです。出したら回収して利益があがるテーマというわけです。

フォトンベルトの大本になったのは某大学学生の論文です。おもしろ半分で書いた論文が一人歩きをしたのか、経緯はわかりませんが、そこにマヤ暦の終わりと合わさって終末思想と繋がり、フォトンベルトに突入=アセンション=高次生命体への進化、という流れのようです。話としては面白いですし、興味深いものなので楽しく読んだり見たりしています。NASAは便乗してそれらしい写真を公開して耳目を集めていましたが、NASAは公的機関ですので予算を得るために一定の話題が常に必要です。火星の人面岩の様に、好奇心をそそる神秘的なものというのを、ときどき提供してくれます。この人面岩は実はピンボケ画像で、もう一枚高解像度のがあるのですがそちらでは人面岩がなんなのかクッキリと写っています。でも人面に見えた方が話題性があり興味をそそるので、報道する側も人面岩の方を利用したのが本当のところです。

さて、フォトンベルトがあるのかないのか、とか、あるならあるでどうなるんだという話をポロポロ聞きますが、あってもなくてもそれは奇跡と同じで見世物にしかなりません。例えば、私が常に5mmだけ地面から浮いて歩いていたとしても、そこに意味はありません。歩かずに動けるなら、私は便利ですが「おお!凄い!」で終わり、やがてそれが普通になります。フォトンベルトに本格的に突入したらどうなるんだ、というものも先が知れない不安感と好奇心が入り交じったものに過ぎません。やがて来るのであれば、そのとき解るわけですので自分の不安と好奇心が入り交じった感情に振り回されて、他人にいいように利用されないよう、足下をしっかり見つめて自分の目で見て感じて考えた方がいいのではないかなと感じます。

太陽系はプレアデス星団を中心に26,000年周期で公転しているという話がフォトンベルトの時に出てきますが、この公転速度は光速を越えますので、事実であれば星空はもっと早く動くはずです。さらにフォトンベルトに突入すると電子機器が利用できなくなると言いますが、光自体が電磁波なのでこれまた微妙なところです。そして異常気象や火山活動、地震などは通常の自然現象で異常だと思うのは、これまでの僅かな気象記録と照らし合わせた結果、気象モデルと合わないので異常気象というだけです。ちなみに地球そのものの古代気象予想と照らし合わせてみると、現在は寒冷期になります。やがてもっと温暖になります。温暖化ガスの原因は人間が石油を使いまくった結果ですので石油が枯渇すれば自ずと問題は解決されます。太陽活動や地磁気変化なども観測結果は言うまでもありません。

神秘を利用すると、不安感や好奇心を簡単に煽れます。煽られる人と煽られない人と居ますが、こうして購買層を獲得して簡単に一定の利益を上げる商材を作ることができます。

問題は、こうした話を丸呑みにしてしまい、自分で考えて結論を出して自分の道を見つけられなくなることです。こうした話を知るのは悪いことではありませんが、傾倒して行きやがて崇拝や頑強な思い込みで凝り固まることを懸念しています。神秘があろうとなかろうと、自分は何も変わらないという自分の道をきちんと見つけて、確固たる自己を育てていなければ、闇雲に恐れるだけの哀れな子羊になり、救世主を求めてしますのです。

1999年の終末思想の折りには様々な商品が出ましたし、それに振り回されてしまっている人たちも見受けられました。だいたい世紀末というのは何回も来ていますが、その都度同じことが繰り返されています。それよりも現実として困るのは、太陽活動です。極大期の強烈な太陽風は極圏だけでなく人工衛星や航空機に大きな影響を及ぼします。

漠然とした不安や恐怖を煽る傾向のものは、距離を置いて眺めて自分の中で回答を出すのが迷わずに済むと思います。神秘の秘密が無くなったら、面白くないものです。
完璧な人間 / 2007年5月10日
人間関係には様々な場面があります。軋轢や衝突を生んだり感動や共感を生んだり様々です。感動や共感は楽しいのでいいのですが、逆の場合は辛いものがあります。あの人のあそこがイヤだけど、自分も同じようなところがあるから言えない、という葛藤は誰しもが経験したことがあるかと思います。いつも連絡がつかなくて困ったり、何を考えているのか全く解らなかったり、逆に表情にやたらと出過ぎて気をつかいすぎてしまったり、その時々でいろんな種類があります。

基本的に完璧な人間は居ません。誰にでも不備がありますし、その不備は相対的なものでしかなく、何かと比べて不備であったり、自分の好みと違う故に不備と見なしたり、気分を害されたから不備と呼んだり、これまたいろんなものがあります。人間が完璧になったらアンドロイドのようなものです。そもそも感情という曖昧で微妙な感覚を根源に有しているわけですので、根本的に完璧というのはありません。

私から見たらいい人でも、他の人が見たらイヤな人というのは居ます。

他人のイヤな部分というのは目につきやすいものですので、あげつらってそこを攻撃するのは容易いことです。そうして攻撃して相手にコンプレックスとして根付かせて卑屈にさせるのは、他者支配や洗脳の手段の一つとして用いられています。結果的にそれは「犬」に見えてきます。

さて、不完全な人間がお互いの不備を責め合う姿は単純に醜く映ります。誰にでも良い部分や悪い部分はありますし、故に人間ともいえますので、それを強制的に是正しようとすると人格に歪みが出てきます。そして、相手を責める時、責める側も密かに自己反省をしていることがあります。責める前に自己反省をして「自分にもそういうところあるしなぁ」と思うこともあります。そこで、他人を責めるのではなくて反面教師として学ぶだけ学び、相手の良い所を探して褒めるのが円滑で建設的な関係性ではないかと考えています。己を省みることができない場合は、誰彼無く気になった点をただ責めて、これは建設的ではありませんし、やがて周囲から人がいなくなります。

責め合うことしかできない関係であれば、不毛なだけではなく消耗までしてしまいますので継続して行く意味がありません。片方が一方的に受け入れて行くという関係もありますが、これをすると受け入れている側の自己消失を招く恐れがありますし、そうした滅私奉公的な関係は隷属とも言えますので人間関係としてはいびつと感じます。攻撃を滅私奉公的に受け入れるのではなく、それを吸収して昇華することができれば、相手を取り込むことができますので、今度は違う世界が開けてくるかもしれません。それが良いか悪いかはまた別問題です。

相手のいいところばかりを見るようにしていくと、その人のイヤな所はだんだんと影が薄くなってきます。それを見てもうまく消化する器ができてくるわけです。そうして器が広がっていくと、「私はあなたのいいところをこれだけ知って受け入れているんだからあなたも云々」と、代償を求める発想に繋がる罠があります。「私がこれだけしたのだから、あなたも同じようにそうして」という発想ではなくて「私がこれだけしているのは、私がそうしたいからしているだけ」という方向性が正解です。素直ですし、主体的に行っていますし、清々しいものです。

仕事以外においては代償を求めて何かをするのは、押しつけなんじゃないかなと思えます。

なんだかまるでどこかに完璧な人間というものが存在して、それになれるように目指して行くのが人生とでも言わんばかりのスタイルが闊歩していますが、そんなどうでもいい指針に振り回されること無く、自分を見つめて素直に生きるのが大切なんじゃないかなと考えています。

目指すところは完璧な人間じゃなくて、素直な人間です。

ただ、あまり素直になりすぎると周囲に迷惑をかけるようなので、私は私で気をつけたい所存であります。
地元から離れることの意義 / 2007年5月9日

自分が育った場所を一般的には地元と呼びます。地元を離れたり離れなかったりは様々なケースがありますが、経済的なデメリットを除けば地元を離れることは有意であると感じています。見聞を広げられることだけでなく、自身が育った地域を客観的に観ることができ、そこに地域文化を見い出せます。そして、その文化を培った歴史に目が向きます。

さて、田舎であれば進学や就職にあたって都会に出る人は多く、それを機に独り暮らしを始めます。

これはいい機会でもあり、必要です。不憫なのは、中途半端に都会に近い田舎の場合です。いつまでも実家住まいで己の地元の地域性やその特殊性を知らず、そのまま大きくなった人たちです。だからこそ、その地域性を保っていく土壌ができあがったとも言えそうですが、その文化が成り立っていった歴史を客観的に知ることなく、いわば地域という枠組みに囚われた結果、その特殊な文化を維持しているだけですので、文化とは言え裏打ちされた歴史や知識が抜け落ちているので、中身が空っぽです。

東京の場合は、あちこちから気た人たちで成り立っている場所なのでいわゆる生粋の江戸っ子というのは極端に少なく、多くは高度成長期に東北及び中部地方から上京して根付いたというケースが多いようですが、博多や大阪、名古屋などはずっと地元という人が極めて多く、そこに固有の文化を醸成しています。排他的というわけではなく、ハッキリクッキリとしたコントラストを持っているのです。上方芸能などはその最たるものでもあるのですが、こうした文化的なものであればそのコントラストは美しく感じ、そしてそこに誇りを持ち、自身を培って来た文化と歴史を知り、深みを覚えることでしょう。

そうでない場合もあります。単純に他を知らずにずっと地元にいてこれの環境が当たり前だったから、結果的に枠組みに囚われて染まってしまい、文化的側面やその歴史を知らず、ただそこにいるだけ、という場合です。

人はとかく自分と同じ感性や考え方、似た視点を持つ人と一緒に居ることで安心を覚え、安定的になり、動くことが無くなります。そうして停滞してしまうと、停滞している事実にも気付かなくなり、平和に暮らす日々がやってきます。これも一つの道ですが、私はそれで満足できる人を多少の羨ましさと嫌悪感を覚えながらそれを見ています。

メディアを通じて様々な情報を得られるようになった昨今では、メディアを通じない事象は存在しないことと同様になりつつあります。例え地元で起こった事であっても、メディアから流れてこなかったら、それが現実にあったことなのか疑わしくなってきたりもします。地元に居てテレビを見ていろいろ知った気になりがちですが、それは知っているだけでしかなく、経験したことでありません。経験する必要があるものと無いものとありますが、そうしたものを取捨選択することすらできずに、そこに居るだけに見えます。結果的にそこに居てこうなった、という受動的な人生には主体性が無くそれは誰の人生でもなく、ただの生き物でしかなく従って動物と同じでありヒトである意味がないように見えてきて、それがきっと私の中で嫌悪感に繋がっていくようです。

善い悪いではなく、ちょっと地元から離れてみるだけで、いろいろ見えてくるものがあるのを知らずにいるのは、可能性を狭めているという意味で、もったいないなと感じます。
繰り返される過ちはわかっていても甘美なものか / 2007年5月8日

人は必ず過ちを犯します。それが故意か偶然かはともかく、結果が過ちであれば同位のものです。

代表的なものとして「借金」「お酒」「異性関係」が挙げられます。仕事上のミスなどは謝れば済みますので、問題にはなりせんし、仕事は仕事に過ぎません。

さて、酒と異性関係の過ちはコンボになることがあります。酒の席で元カレや元カノとよりを戻したなんてのはザラです。そして繰り返される過ちは星の数なので、物語をつむげる種にもなりません。当たり前過ぎてドラマチックさに欠けます。

この手の同じ過ちを過ちと分かっていながらするのは、きっとそこには「過ちを犯して」といるう気持ちがあるからかもしれません。やってはいけないこと、というのは興味をそそられ、それが甘美さを増すが故に繰り返されてきているように見えます。

でも、これはロマンチックでもなければ、美しくもありません。

元カノや元カレや初恋の人などは、離れて行き過去になればなる程、確実に美化されて現実から遠のいて光輝くものです。その幻惑に惑わされて甘美さを自分への言い訳に、過ちを繰り返すのは機械的にも見えますし、また建設的とは到底思えません。

分かっていて甘美スパイラルに陥るのならば、浪費して疲弊して擦りきれる人生を送ればいい、と辛辣に突き放しますが、この場合は分かっているので、まだ救いようがありますが、この認識がない場合だと、ただ安易にすがりつき寂しさを紛らす安心感を得るためだけにしか見えず、これは胸が悪くなります。従って距離を置き、話は聞きません。

いずれも己の人生なので、他人がとやかく言うものではありませんが、美しくないものは見たくありません。なので、私の周囲でよりを戻そうかと考えている人には全力で止めに入るか距離を置くかのいずれかです。

必ず同じ結果になり、美しかった過去の記憶を現実にして汚してしまい、無駄で疲れる時間を得ることにしかなりません。人は人の力で変えられると思い勝ちですが、人は自分で変わろうとする意思がなければ、変わることはありません。

道筋は示せますが、どの道を選ぶかはその人次第ということです。

私はただ観ているだけです。

その視線をどう捉えるかも、その人次第です。人が人を変えることができるなどと言う発想は、高慢な思い上がりと思い込みに過ぎません。

短い人生の貴重な時間は、人のためにではなく、自分のために使うのが肝要です。結果的に人に影響を与え、よい方向に行けばそれで良し、というくらいでないと、自分の足元すら見えなくなり、気が付けば自分は傷だらけになって、周りには何も残っておらず、死んでから改めて後悔することになります。

そして、これは良くある話です。
結実した非時の実 / 2007年5月7日

この連休を利用して、東京に行ってきました。思い切りゴールデンウィークさなか、激しい混雑は予想通りでしたが、新幹線は予想外に空いていて、行きも帰りも指定席が取れました。さすが上り。

一つの目的を持って、わざわざ混雑の中をさらに混雑する場所へ向かったわけですが、その甲斐はありました。十年ひと昔とは良く言ったもので、既に「また住みたい」と思うことはなくなっていて、さらに以前生活していた場所や、良く行った場所などを周りましたが、当時と今とで見るものが全く変わっており、真っ先に目に入るものが違ってきていました。結果、非常に新鮮な風景に関わらず、自分の痕跡を見つけて驚くのです。

端から見たら感傷的な回顧に見えますが、これといった感慨はないので自分としてはただ回顧的なだけです。

そもそも今回の目的というのは、東京に住んでいた頃の自分を思い出すためでもありました。仕事しか知らず、それが当たり前と思っていた当時の自分の心境を日記に見て、その現場を再び辿ってみようというのが、根本にありました。そうして可能な限り客観的に振り返った自分の過去というのは、現在と主観と相まって感覚は微妙になっていってしまい、結局あの頃は仕事以外に何もなかったな、という単純な言葉に収まってしまいます。日記によればそれについては足掻いていましたので、その時にその時の感覚で感じてはいたようです。

かくして結実した成果は、もはや興味をそそられない街なのかもしれないな、というものでした。あくまで観光や遊びに行くという目的を持って行くだけの街で、それ以上にはなりません。しかしそうした結論も、非時(ときじく)の花が実をつける前に霞と消えるかのように、あやふやでつかみ所が無く、一時的な感想なのか、感傷に反撥した感情なのか、ハッキリと言い切ることはできません。

夢は夢のまま、美しくあって欲しいものですし、美しい記憶はそのままそっと置いておきたいものです。見えないものは見えないから美しく、知らないものは知らないから興味をそそり、見えたり知ったり記憶を新たにしてしまったらそれは普通の現実でしかありません。

かくて非時の花は咲いた瞬間に霞と消えるから美しく、従ってその実は不老不死を得られるという伝説が生まれるのです。存在しない花は誰にとっても最高に美しく、その実は誰にとっても甘く強く、そして命の源になるのです。

そうして考えて行くと、博多に住みたいなと思っているのも住んでいないからそのように思うだけで、住みたいなと思いながら見る博多だから良いのかもしれません。生駒に家が欲しいというのも、きっとそうした心理だと考えられますし、アトリエが欲しいというのも同様と片付けることはできます。

さて、ここで片付け切ってしまうとそこで終わりです。落ち着いた人生になりますが、これが結論ではありません。東京に一度住み、そこから十年離れて再び改めて自分の通った道を辿ったからこそ、先のような感覚を知り今というのを良く実感できるわけです。

従って、博多に住んでみればそれはそれでまた一つ別の感覚を知りますし、生駒に家を持てば同様ですし、アトリエや作業場なども同様です。

自分の中で非時の花を次から次に咲かせて霞にして行く作業を繰り返して行くのです。そうした花々のいくつかは運良く実をつけて、現実に不老不死の作品として残っていくことでしょう。

そうなればいいなぁ、という次元のお話ですが。
名前をいただきました / 2007年5月6日

相変わらず自分の作品に名前を付けるのが苦手な私は、音楽作品に以前「蠕動」とタイトルを付けてくださった方に、新たにCD3枚、17曲分のタイトルをお願いしてしまいました。かくしてずっとunknownになっていた名前の無かった曲たちに素敵な名前がつきました。

名前がつけばデザインができる、というわけでジャケットのデザインもやり直して公開です。

【終わりは始まり】
01.人々の祈りも空しく無になった
02.工場閉鎖を知らずに働き続ける律儀な機械
03.悲しいことがあった翌朝に決意した若者
04.洗いざらい流してくれた雨
05.時間通りにオフィス街に溢れる大人たち
全5曲24分42秒

【人々】
01.視界の外に流れゆく首都高の景色
02.峠越えする馬車を狙う盗賊団
03.厨房とコックとランチタイムの喧噪
04.時計台の中で出番を待つ仕掛け人形の心理状態
05.嵐の日に死んだ粉引き職人
06.失恋した次の日に乗る朝の満員電車
全6曲19分42秒

【破壊】
01.神経に障る太った工場長と油の機械
02.だんだんと壊れてしまった街
03.科学の進化と子供たちの未来
04.風の強い丘のベンチに座って昔を思い出す老人
05.ゲームセンターで対戦した見ず知らずの他人
06.永遠に続く高速道路の継ぎ目を意識する長距離トラック
全6曲24分35秒

ずっと手元に置いて聴いていると、録り直しをしたくなってしまい先に進めないのでさっさと公開して次へ行きます。

こちらから試聴できます。
http://kiroujin.com/disco.html
よりどころっていうのは / 2007年5月5日

人はどこかに拠り所を探すことがあります。その拠り所になる多くは宗教なのですが、それはひとまず置いといて、なぜ拠り所を求めるのかを考えてみました。私には拠り所を求める心理がいまいち理解できませんので、理解できないものは分析から入るのです。

拠り所を求めるのは、自分が一人で寂しいという気持ちからと考えられます。人はある時期から死ぬことを知り、自分が今は生きている状態ということを実感します。暗闇への恐怖は、暗闇が死を象徴し、生き物としてそれを拒絶する具体的かつ直截的な本能と呼べそうです。生の状態があり、死の状態があることを感覚で知ったあとは自分が死んだあとどうなるのか、という不安感を生み出します。はっきりとした形を伴わない不安感は、増幅されていき、妄想が広がることでしょう。見えない恐怖は、己の頭の中で様々に形を変えて、自分を苦しめます。

こうした不安感の根幹にあるのは、単純に生命としての「死への恐怖」です。人間は生命としての死への恐怖を理性で抑えることができます。しかし不安感は残ります。不安感は言い換えたら「死んだらどうなるのかわからない」という疑問です。この疑問が無くなれば、死そのものの恐怖感すらをも消化できるのではないかと感じられます。生命が死への恐怖を失うのは死と同質と言えますので、これはまずいですが。

さて、死んだらどうなるのかという不安感には寂寥感もあります。それは「一人で死ぬ、死んだらなくなる」という消失への恐れにも似ています。

死後の世界のことは、誰でもいずれは死んで知ることになるので置いておきます。

私の疑問は、そうした不安感を払拭するために何か外へ拠り所を求める心理です。宗教などは最もそれに近く「信じるものは救われる」ではありませんが、信仰が篤くなればなるほど、病気が治ったり奇跡が起きたりというのは良くある話です。奇跡はともかく、病気が治るのは結構なことなのですが、篤く神仏を祀ったから治ったと思い更に拠り所への依存を強めていく人が多いのがまずいのではないかな、と感じるのです。

宗教以外にも物や他人、あるいは金銭と対象が変わるだけで根本的に拠り所を外に求め安心を得ようとする心理は変わりません。

これは本来、外に求めるものではなく、内に求めるものです。いずれ死ぬ生命は死と生の両方を内包していると考えることができますので、死に対する恐怖とその後の不安感の解消を外へ求めるのではなく、自分自身の中に求めていくのが道理だと感じます。一人一人が生の状態を過ごしているように、一人一人に死の状態があります。

生の状態から死の状態に移るとどうなるか。
それは死んだらわかります。というノリですが、夢の中でその先の示唆を得ることは可能です。通常は理性が抑え込んでいる自我が出てくる夢ですが、自我が抑えている超自我が出てくることがあります。超自我は個人を超越した存在で。。。という話になると、オカルト風味が出てきますのがこれはフロイトによる精神分析学上概念の一つです。

閑話休題。

本来、内側に求め探求すべきテーマである不安感を外に求めるということは、究極的には思考停止と言うことができます。自分でその問題に取り組まず、人が用意した答え、人が用意した考え、人が用意した物で、自分の頭を使わずにそれらの「用意された」物にすがりつき、思考停止させ自分は楽をしているのです。

先日、小学生にアルキメデスの原理の話をしたところ、すぐさま氷をコップにいれて、なみなみと水を入れていました。早速実験してみたわけです。こうしたことがとても重要です。自分で納得するまで考えたり試したりする、というのは思考停止を防ぎます。やがて、自分で納得するまで動けない自分にうんざりする時も来るかもしれませんが、そのとき、納得するまで考えることができる自分というものに逆に気付き、思考停止していない自分を発見して、次の道を見つけることができれば、きっと人生は幸せになることでしょう。

逆に、そうした自分を受け入れることができず、外に向かって拠り所を求めてしまうと、やがて思考停止し、何かに依存していく人生になります。

こちらは、灰色です。
喫茶店での会話 / 2007年5月4日

ホテルの喫茶店に入りました。ホテルの喫茶店はだいたい椅子がいいので、好きです。嘘ですごめんなさい、スタイルを気にしてホテルといいましたが、椅子が良ければどこでもいいです。

本を読んでいたのですが、周囲の会話がやたら面白くて、思わず耳を奪われて読書になりません。

私の後ろには二十代とおぼしき若者四人が会話をしています。

「このグループのホテルはあかんで」
「なんでですの?」
「一流のホテルってのは、ロビーに威圧感があんねん」
「そうなんですか」
「ハイアットとか行ってみ、やっぱちゃうで」

ここは大阪です。

喋っている人たちは一様に若者です。一人が熱心にホテルについて語っています。みんな同じ年代に見えますが、会社の上下関係にあるのか、ホストなのかいまいち良く分からない若者です。髪型はホスト風ですが、雰囲気はサラリーマンです。

私の右手にある大きなテーブルでは、何やら怪しげな会話が始まりました。

名刺交換をしています。
五十代程の男性一人が三人のおばさんに取り囲まれて名刺交換をしています。ところどころ漏れ聞こえてくる会話には「100%還元されて」「リスクはなくて」「めっちゃ綺麗になるから売れる」など微妙な単語が含まれています。

どうやら、ねずみ講の孫作り現場のようです。ちらりと見ると、カタログなどが机の上に散乱していました。さらに契約書。ねずみ講は根強いものなのですね。五十代のおじさんは完全に乗り気の雰囲気です。

見なかったことにしました。

引っかかる人はどこへ行っても引っかかるものです。
知り合いが誘いを受けて、おもしろ半分で講習会というなの集会に行って来て話を聞かせてくれたことがありましたが、曰く「気持ち悪い」だそうです。売っている商品等は決して悪いものではないので、いいのですがその売り方が極端で問題なうえに、全体が一つの目的のために邁進するあまり、宗教的になっていきます。それが「気持ち悪い」という感想に繋がったのです。

一回、そういう集会のビデオ編集をしたことがありましたが「気持ち悪」かったです。

そんなことを思い出しながら自分の目線の先を見ると、太っちょのお姉さんがケーキをモリモリ食べていて驚きました。あ、店員さんを呼んで。。ははぁ、ケーキセットの追加のようです。

その隣のテーブルでは、スーツを着たおじさんが遅いお昼御飯を食べていました。

都会のホテルの喫茶店ですが、妙に長閑です。
歴史を知ることは文化を知ること / 2007年5月3日

自分以外は全員他人の世の中では、人付き合いの中で様々な人に出会います。あんな人やこんな人にそんな人、どんな人。色々な人が居ますが、ハッキリしているのは底が浅い人と底が深い人の二種類です。簡単に分けてしまえば、自分の信念があってそこに裏付けがある人は、底が深く感じます。その人自身に文化があります。

人に限らず、文化にはそれを裏付けて来た歴史があるからこそ成り立っています。人に歴史ありと言いますが、人それぞれ十人十色の人生を歩んで来ています。底が深い人は、自身の人生の節々を認識して色々な思いをされて来られて今に至る人たちで、底が浅い人はそうした自身の歴史を顧みたり、考えたりすることが少なかった人たちかな、と浅はかながら省みてみます。

さて、日本にも独自の文化があります。偏西風やシルクロード、更には黒潮などは全て西から東へ向かって行き、日本にたどり着きます。その先は太平洋です。氷河期の終わり頃からマンモスを追いかけ大陸から日本列島へ渡ってきた人々、南から舟で潮に乗って日本列島へ渡って来た人々、朝鮮半島から九州へ入って来た人々と、もう様々な人たちが日本人の最初です。秦の頃には始皇帝の圧政から逃げ延びて日本へ大量移民があったようですし、徐福が日本へ来たという話もこの頃です。日本は縄文時代から弥生時代にかけての頃で、その後、中国は三国時代を経ていきますが、卑弥呼のお話が出てくる魏志倭人伝は日本では弥生時代に当ります。

日本は弥生から後、古墳時代、飛鳥時代、奈良時代、平安時代となっていきます。あとは忘れて、えーっと、戦国時代(安土桃山)、江戸、明治、大正、昭和、平成です。

忘れたままでは気持ち悪いので、調べてみたら、鎌倉時代と室町時代があったようです(適当)。個人的な興味は古代日本の礎を築き安定的になった平安時代までと、戦国時代から現在までに集中しています。相変わらず偏ってます。

それはともかく、人種的に考えると様々な種類の人種が交わって現在の日本人になっているわけです。シルクロードの終点です。人種だけではなく、様々な文化がやって来て交わって独自のものになっていきました。

そういった歴史は忘れ去られていっているわけですが、同時にそうしてできあがってきていた文化すら忘れられつつあります。

いつのまにかアメリカのように己の権利ばかりを主張するようになっていますが、日本の成り立ちから考えても主義主張が強すぎるものは排除されます。様々な文化を持った様々な人々が作って来た歴史です。それぞれが折り合いを付けて、主張しすぎず譲り合って成り立って来たものです。最初にそれを明文化したのは厩戸皇子、聖徳太子です。合議制を取り入れ、冠位を定め、後の律令国家への筋道を作りました。宗教的な争いの部分は置いといて、様々な人々を如何にとりまとめていくかというのが重要視されていたのです。それが時代の変遷と共にやがて鎖国をし、閉鎖的な国家になって、開国から明治維新の後に一気に変わっていきます。江戸時代に極致まで至った文化は海外の文化と一気に混ざり合い、明治や大正時代、昭和初期の独特な文化を創りました。そして第二次世界大戦後からは経済成長一色になり、現在に至っているわけです。

さて、音楽やらなにやら表現している人は、己自身に文化がなければ、表現している中身はスカスカです。スカスカな表現はただのコピーで、それはオリジナルであっても猿真似です。日本人として日本のことを知らずにその文化を語ることができないことと同様に、自分自身を育んで来たその風土や文化を知らずして、自分の表現したいことを表現できるとは思えません。

と、思っていたのですが見る側にもそうした文化が既に無くなりつつある昨今なので、これはもういかんともしがたいものなのだろうかと少し失望することは良くあります。

とはいえ、大局で見たらそれも変化の一部で歴史の一部になり文化の糧になることでしょう。
学ぶは努力に非ず / 2007年5月2日

学ぶということは努力ではなく、自分の好奇心という欲求を満足させる行為です。学んでいく内に理解できない内容に出会い、理解できないのは自分の理解能力不足を知りますが、欲求が満たされていないままではイライラしますので、理解できないことを理解するために基礎を学ぶのが近道と考え、基礎的な地味な勉強や練習を繰り返します。

こうした地味な基礎というのもやはり気が急いてイライラしてきますが、これをすることで先にもっと楽しいことが待っているという確信を持って望めますので、展望は明るく建設的な姿勢になり、身に付いていきます。

そうやってきた結果、好奇心という自分の欲求を得て満足を知るのですが、そこに立った時、更なる上を見つけます。ここでうんざりする人も居ますが、うんざりするときは、その人は今はそこまでということです。更なる上を見つけることができた、ということを知ったのは過程でもあり結果でもあります。結果にするも過程にするも、本人次第なのですが、基礎的な学習で疲れ切ってしまっていては、先が見えてもうんざりするだけで、更なる高みを目指すことはできません。

しかしここで、更なる高みを目指してそこに欲求を得られれば、どんどん昇華していくことができます。果てはありません。極みはいつまでも手に届かないところにあるから精進して極みを目指すのです。そうしていって時間が経ち、死んだ時に始めて極まれるのが芸であり技であり欲だと思っています。

つまり、いつも結論だと思っているものは過程の一環に過ぎず、言い換えれば結果の連続が過程で、それの受け取り方や過ごし方は各々自身の強い意志と欲求に依るものであると言えそうです。

これは極論ですが大局的視点と言えます。

日々の細々とした現実と塩辛い人間関係などで、気がついたら目の前のことだけを黙々とこなすことになりがちです。これはこれで大変重要なことですので、そうした視点も維持しつつ大局的な視点を持つバランスが大事だなと感じます。大局ばかりを見ていると、厭世的になっていってしまいますが、それではバランスが取れず、落ちていきます。やじろべえのように、ギリギリに両方のバランスを保ちつつ、右にフラフラ左にフラフラするのがグッドライフをエンジョイできるのではないでしょうか(ルー大柴風味)。

そうやってフラフラしていながらも、上へ上へ向かって行くこと全てが学ぶことです。

そんな風にしている姿勢を他人が見たとき、それは努力に見えるかもしれませんが、本人には「努力」という気持ちは一つもありません。
黄金週間 / 2007年5月1日

ゴールデンなウィークをエンジョイしようぜ!(ルー大柴

ゴールデンウイークです。
昔の映画業界が作ったキャッチコピーが定着したものだったと記憶してます。もっと月の中旬だったら良いのになと思いますが、それはさておき休みは休みです。

休めるときに休むことは必要です。

休みすぎて社会復帰できなくなるくらいが望ましいのですが、あとで後悔すること承け合いですのでおすすめはしません。しかしそれはそれでなかなか危険な魅力を感じてしまいます。

連休明けてみたら、復帰すべき社会がなくなっていたら危険ではなくなります。社会はそう簡単になくなりませんが、会社は結構簡単になくなります。連休明けて出社してみたら、会社の周囲に人だかり。

「何か御用ですか?」
と問うてみれば
「ここの社員か?社長知らないか?」
と問い返され知らぬは社員ばかりなり。社長は金とともにいずこへか。めぼしいものは持ち去られ、あとに残るは路頭に迷う社員達。

バブル崩壊後はこの手の話は時折、耳にしました。

どこそこの社長、飛んだらしいぞとか、あそこのオーナーは愛人と逃げたらしいぞとか。そのうちどこそこはいついつ飛ぶようだから、気をつけようなどという風説まで飛び交います。風説ならまだいいのですが、本当に飛ばれてしまい泣きを見たという人も居ました。必死になって仕事しても当の発注元に逃げられてしまっては、もらえるものももらえません。そうして作ったものは無駄になり、請求書は出たものの未回収金になり、時間だけを浪費したなぁということになってしまいます。経験値はあがれども、売上はあがらないので悲しいものです。

とにかく休める時に休むのはある種、義務とも言えます。休める時にまで仕事をして身体を壊して家庭も壊れてということは、人ごとではありません。仕事は仕事です。

そういうわけですので、休みには仕事は一切しないと去年末から決めてそれを実行して来ていますが、ときどきやむを得ず仕事する羽目になったりします。こういう時は自分のスケジューリングが甘かったな反省し、次こそはと決意を新たにするのです。

結局は、やらなければならないことと、やりたいこととのバランスがうまく取れなかった分のしわ寄せが、休日に来ているということですので、総合的に見れば結論としてはつじつまが合ってくるのかもしれません。

まぁ私は結局のところ暦通りなわけですが。
長野はお盆に行くことにしました。