小休止 / 2007年11月30日
今日はお休み。
わからないわからないわからない / 2007年11月29日

「また同じ過ちを繰り返したのか」
「過ちなんかじゃない。一定の成果を得るまでに時間がひつようなんだ」
「ふん、成果を得るために時間なんていう曖昧な観念を必要とする時点で、間違えているんじゃないか」
「それでも動いてみないと何も変わらないと言ったのは、あなたじゃないの」
「そうだけど、わからないわからない」
「最高の裏切りよね、それって。笑っちゃう」
「バカか。最初から結果が分かってるようなことならやっても、おもしろくねえじゃねぇか」
「落ち着け。結果を得る過程が必要で、その過程を経ることで経験し学ぶことができるだろ」
「へえ、時間の無駄ね」
「それで? 次のことを始めるわけ?」
「次? 最初から次なんてないだろ。やっていることは一つのことだけ」
「そうやって過ちを過ちと認めないのは成長できないわよ」
「過ちかどうかは時間が経たないとわからないじゃないか」
「そんな詭弁はいい。何が目的なのかはっきりさせろ」
「どうせおまえもまた居なくなるんだろ」
「最初から諦めて他人と接していたら、傷付けるだけってなんでわからないの?」
「それは空気を読んでいるんじゃない。ただの想像と、押しつけだ」
「人はね、本当のことよりも信じたいことしか信じないものだよ」
激しい低音のバイクが通り過ぎて行く。
現実感など、とうの昔から剥げ落ちてすっかり色あせている。現実に現実感を持っていたら濃すぎる。少し足りないくらいがちょうどいい。少し薄めがちょうどいい。
昨日が本当にあったのか、明日が本当に来るのか、毎日毎日を確認しないと認識できない。現実への錨は数少ない。だから大切に大切にしないといつか全てなくなってしまう。
当たり前と思っているものほど脆く、無くなったときの喪失感は何を持っても埋めることができない。無くなった錨はその錨でしか補えない。気付くのは無くなったとき。無くさないと気付かないもの。
でも、無くしたときはもう遅い。
虚構の現実 / 2007年11月28日
現実を切り取る。
切り取られた現実は過去になり、現実だった何かになる。これが真実か虚構かはわからない。現実が虚構を産み出す。現実は世間という巨大な幻想の具現化で、個々人が持つ幻想は虚構だ。現実という光あるいは影があるから、虚構や夢や妄想といった影あるいは光が必然的に産まれる。
現実は常に虚構を求める。
虚構は作られた過去を再生する作業でそこには未来という不確定要素は介在し得ない。
人は未来という非可逆的な時間の束縛から逃れたいと思う。未来には死があるから、無意識に逃れたいと感じる。虚構の安定した時間に身を置くことで、安心を得る。
切り取られた現実は過去になり未来は確定し、時間から抜け出した非現実になる。
現在は求めずともそこにあり、未来は常に付きまとう。過去は振り返らなければ得られない。未来を越え、現在を積み重ねなければ過去は存在しない。
「全てが欲しい」
「全てってなに?」
物の全ては、物を手に入れたらそれで全て。物は変化しない。
人の全ては、その人の過去と現在と未来が全て。人は変化する。
変化し続ける。
きっかけ / 2007年11月27日

ふと気がつくと、我慢をしている。
ふと気がつくと、空気を読んで合わせている。
ふと気がつくと、手足がもがれていた。
ふと気がつくと、不自由だった。
ふと気がつくと、自由になれることを知った。
ふと気がつくと、翼が生えていた。
ふと気がつくと、過ぎた時間ばかりが増えていた。
「やりたいことやれてないように見える人に、何言われても説得力ないわよ」
含み笑いを浮かべながら、意地悪な目で言う。
それがきっかけだった。
気がつくと、みじめだった。
正論が正しいと思っている自分が、みじめだった。
知らぬ間に正論に縛られている自分を眺めて、みじめだった。
自分のためにしていた仕事は誰かのための仕事。
バカバカしい。
一回全部、立て直し。
うつろう / 2007年11月26日

なにもかもが。
だから在るんじゃない。
もう無理だよ。
それだってうつろいの一つ。
やめて。
いいよ。
無理なんだってば。
なにが。
時間が。
時期尚早。
ならば準備期間。
すぐに結論や結果がわかるものなんて、退屈しのぎの道具でしかなかっただろ。
薄っぺらい薄っぺらい。
腰を据えて一つのことに取り掛かる。
人の意見や正論の物差しはもういいよ。
頑固者。冷血漢。気分屋。裏切り者。死ね死ね死ね。
己の正義の尺度が正しいとおもっているのか。正義が悪を生むんだ。
学べ、すべてを。
志を胸に、学べ。
正論に惑わされるな。
神秘にくらまされるな。
誰かのためになど生きるな。
自分のために生きる。
利己的か?
利己的と言う言い方が、正論を助長する。人から褒めてもらうために生きているのか?
世の中に自分の居場所がないと、そんなに変わるのか?
そんなに不安なのか?
まるで別人。
別人だ。
これからこれからこれから / 2007年11月22日
結論はその時点の終わり。
結果はその時点の終わり。
次の始まりの糧。
一つの結論や結果に囚われて、動き出せないでいれば、それは終焉。
流れる時間にたゆたいながら、少しずつ自分から削られ落ちていく何かは、底に溜まっていく。
チトチト
チトチト
底に溜まった何かが音を立てる。
チトチト
「ああして沈殿したものが栄養分になって、このあたりの生態系の根幹を成しているんだよ」
チトチト
「しかし酸素の消費量が多すぎるから、他の生き物が居ないじゃないか」
チトチト
「それは負の遺産ってやつさ。何十年も前からヘドロを放置していたんだ、引き上げようにも引き上げようがない」
チトチト
「それでもなんとかしないのか」
チトチト
「そのままさ。地球全体でみたら、極めて些細な問題に過ぎないし現在の生態系等もほんの一瞬だ。自分たちの尺度で考えて星が自分たちの環境だと思っているなら、自分たちのためになんとかするもんだろ」
チトチトチトチト
ト
チ
ト
年配の社長が言う。
「ようやく若造から抜けられたわけやな」
広告代理店の営業マンが言う
「言うねぇ、きみ」
制作会社の担当者が言う
「私ぜんぜんわからないのでネゴお願いします」
過去は一瞬。
未来も一瞬。
今は今。常に今。
結論も結果も過去。
積み重なる今が過去。
未来などは在るものではない。
行くものではない。
創るものだ。
ねぇ / 2007年11月20日
もういい?
ちゃんとできたよ。
ちゃんとできたんだよ。
もういい?
休んでいい?
泣いていい?
愚痴をこぼしていい?
もういい?
泣き言をいってもいい?
我慢しなくていい?
嫌なことは嫌だといっていい?
もういい?
もういい?
ちゃんとできなくてもいい?
間違えてもいい?
泣き虫でもいい?
ダメなやつでもいい?
もういい?
ねぇ、もういいでしょ。
もういいでしょ。
まだダメならば、自分を慰めるために歌を歌う。
まだダメならば、自分を奮い立たせるために歌を歌う。
まだダメならば、現実から少しでも目をそらすために歌を歌う。
そしてまた最初から期待をしないと言い聞かせて、先へ進む。
それには、なれっこだから、大丈夫。
大丈夫。
一人で怒鳴り喚く / 2007年11月20日
うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ
一時間ごとに律儀になりやがる時計。なるたびにぶち壊したくなる。朝から夕方まで鳴り響く重機の低音に打ち付ける金属音。鉄筋コンクリートを打ち砕く振動に破壊音。入り交じって聞こえてくるクルマの音に、やたらとバカでかい音のエンジン音。石焼き芋の声。酔っぱらいの矯正。暖房の音。低音の振動は、クルマに取り付けられたセキュリティを意味も無く鳴り響かせ、もはやセキュリティの意味もない。
昨日までは大阪市長選で、街宣カーがやかましかったというのに、終わってからもあんまり変わらない。都会とは言え、東京に居たときはこんなにうるさく感じなかったぞ、外の音。
なんで隣の家の電話の音が聞こえるんだよ。なんで隣のマンションの部屋の中のおっさんのクシャミの音がこっちまで聞こえるんだよ。
ここは長屋かよ。
大阪で言う、文化住宅ってやつか!
大した文化だな、おいこら。
どうしよ、耐えられそうにない。
しかし引っ越しとなったら住所やらなにやら変更しないといけないから面倒。
我慢すりゃいいってか?
2年半?
ひぃ。
東西線三鷹乗換武蔵小金井下車 / 2007年11月16日
大雪が降った。
総武線も中央線も止まっているらしい。山手線は辛うじてまだなんとか動いているようだ。
道路には雪がかなり積もって来ている。陽が傾くにつれ、路面は凍りつく。
タクシーはあちこちで横滑りしながら、なすすべもなく玉突きを繰り返す。道路は危険だ。バイパスや高速はすべて通行止め。
地下鉄は動いているので、淡い期待を持って東西線で大手町駅で降りて東京駅へ入る。電気が消えた山手線に乗り、動くのをしばらく待つ。新宿からなら中央線が三鷹までの折り返し運転をしていると、駅員の怒鳴り声が聞こえていた。
30分程待つと電車は恐る恐る動き出した。新宿で乗り換え、いつ動くかわからない中央線に乗る。イライラした乗客を満載にした中央線は、異様な静けさで充たされていた。結露した窓の水滴をボンヤリ眺めながら待っていると、そのうち電車は動き出していた。東京駅の怒鳴り声の通り、三鷹で電車は止まり、全員降ろされた。電車は電気が消えた。
駅をでる。改札は無意味になり、どこも人で溢れ帰っている。
「こりゃ帰れそうにはないですね」
なんとなく目の前のサラリーマンに声をかけた。
「そうですね…駅前のカプセルもいっぱいみたいですし、タクシーはいつ乗れるかわからないようですので、ここで様子見です」
「雪、止む気配ないですしね」
「ご自宅はどちら?」
「武蔵小金井です。もう少しなんだけどな」
「わたし、国立です」
「せめてそこまで動いてくれればいいんですけどね…ご健闘を祈りますよ」
「気を付けて」
家まで歩くつもりで駅を出た。
少ししたら、ホームから
「行けるところまで折り返し運転します!ご乗車ください!」
と駅員の声が聞こえてきた。
慌てて駅へ戻り、開けっぱなしの改札をくぐる。人が溢れたホームは暖かい。それでも運転席にあるストーブに腹を立てた年輩のサラリーマンは
「おまえだけずるいだろ!開けろ!こら!」
と運転席を蹴りつける。ほどなく駅員に取り囲まれ、静かになった。
乗車して長い時間待たされてから、ようやく電車はゆっくりと慎重に動き出した。
さっき会話をしたサラリーマンは、こちらに気付き、遠くから手を振ってきた。彼も乗ったようだ。
そうして、家に辿り着いた。普段は一時間の道のりだ。疲れはてた足取りで、武蔵小金井のうらびれた小さい商店街へ入る。
いつもの中華屋は、客が居なくても開いていた。安心しながら入って、いつものを注文する。
鍋を振りながら喋りかけてくる。
「雪すごいね。都内は大変だってラジオが言ってたよ」
「ええ。電車も車も全部ダメ。夕方に帰宅したのに、今ついたんですよ。帰れただけマシ」
「都会は雪に弱いね、ほんと」
「ここが開いててよかった」
「開けなかったらやることないもんでね」
食べて家へ帰る。疲れきったカラダを引きずり、朦朧とした意識で敷きっぱなしの布団に潜り込む。寒い。そろそろ片付けしないとな、明日は雪は止むかな、雪が降り続いたら休みだな、と考えているうちに眠りに落ちた。
都内での大雪は、何かの前触れという気がして張りつめる。
淵のギリギリを歩き続けている / 2007年11月14日
やりたいときにやりたいことができないなら、全部いらない。
世間が敵になった。
来る日も来る日も汚い言葉が連なったメールがやってくる。メールを送ってくる一人一人の身元を特定した。バカバカしくなって全部消した。そのうち犯罪者扱いされた。何もしていないので、放置しておいたら別に犯人が見つかった。おれを犯罪者扱いした人は、誰一人として謝罪の言葉を言わなかった。
結局みんなそうなんだろ。
でも自分ではそれを認めたくないから、おれを異質なものとして見るために、何か欠けてると思いたがるんだろ。自分とは違うんだと。
しかつめらしい顔して弁護士が言う。
「この手の事件は慣れてますから」
ニヤニヤ笑いの裁判官が円卓の向こうから二人の弁護士に話しかける。
「双方の利益を考えると和解が最良ですがどうされますか」
「そういうことですな」
「そういうことですな」
わかっている。それでも腹立たしい。
わかっている。それでも悔しい。
「あなた、何か欠けてるんじゃない?」
恐ろしいものを見るような目でおれを見ながら、怯えた声でそういう。
寂しい商店街を歩きながら考える。
おれに何か欠けてる?
それならそれでいいさ。
最初からないのなら、求めることもない。
種は幾つも / 2007年11月12日
幾つも幾つも種はある。環境を作って水を与えればやがて芽が出る種が幾つもある。
どう組み合わせる?
どうやって育てて行く?
どんな茎になる?
どんな実を付ける?
いつ、種をまけばいい?
いつ、間引きをすればいい?
いつ。
計画は嫌いだ。計画通りに行かないと嫌だから、嫌いだ。非合理的なことも嫌いだ。無駄に時間を費やすだけな気持ちになってしまうから、非合理的は嫌いだ。
でも計画して見通しを立てないと、合理的に物事はすすめられないじゃないか。
人は合理的なことを好む非合理的な存在だ。
次の一手なんて考えて動いたところで、ほんの気紛れで全てが無意味にもなったりする。
どうしたら一番効率がいい?
どうしたら一番いい?
いい?
違う。
どうしたら一番楽しい?
どうしたら一番面白い?
楽しいことや面白いことに、効率や合理性など不要だ。楽しいや面白いは過程でもあるし結果でもある。これを生み出すのは人の心。人の気持ち。感じ方。楽しい方向、面白い方向へ感じようと積極性を持って建設的に自分の感性の幅を広げないと、楽しいことや面白いことは過去の事になり、今と比べるようになり、それはやがてヘドロのように自分自身の心の中で腐敗を始める。憎悪、嫉妬、憐憫、嘘、怒り。
喧嘩しても、憎しみ合っても、疑い合っても、楽しい事は常に次に待っている。面白い事はすぐ目の前にある。
感じ方。
心の在り方。
物事の見方。
全ての関係性に意図はない。楽しいことをしたい、面白いことをしたいという目的があるだけ。
その目的が種。
種が芽を出し実を付ける。実を付ける。
実は、次の種。
確かなのは、種はまくために、芽を出すためにあることだけだ。
始めよう。
混沌という名の平穏 / 2007年11月8日
記憶の壁がずれた。ずれて断層がむき出しになって、壁で仕切られていた意識野の時系列も空間も関係性も、ごちゃまぜになって平面になった。
静かだ。
「ちょっ、それ本気で言ってるの!?」
驚いた顔でいう。
「へぇー、意外に頭いいんだ」
これで頭がいいと言われるのか。
「どう、このニット!」
あ、似合ってる。
「先輩、またこんなところに居るんですか」
「先輩ってやめろよ。あと敬語も。ここはおれの部屋だから居たっていいだろ」
「始業ベル鳴ったわよ」
「次はばっくれ。めんどくせぇし。おまえは何してんだよ」
「あたしは保健室」
「ここは保健室じゃねぇよ」
「保健室、暇だからこっち来たんじゃん」
タバコ臭くて狭い部室。
授業中、わざとらしく静まり返った校舎。眠い。
「ほら、拾いましたよ、ピック」
「え!あのとき投げたピック、わざわざ拾ったのか!」
「欲しかったですから」
「そうなんだ、ありがとう。ところでお名前は?」
知らない名前。
知らない顔。
「キミが例の生徒か」
入学式直後に教室で担任が言う。
「例の生徒ってなんの話ですか?」
「いろいろ聞いてるからな」
「へぇ、そうですか」
諦めと好奇が入り交じった目。
「ねぇ、ここ住んでいい?」
「うん、好きにしていいぞ」
「マジで!やった!買い物行こ!買い物!渋谷のロフト行こ!閉まっちゃう!」
「な、今からか? 何を買いに?」
「あたしの部屋を作るのよっ!」
「あぁ、そういうことか。じゃ、行こうか」
明日のことなど考えずに、夕方からの外出は好きだ。
行こう。
明日のことなど考えずに、ダラダラと無計画に遊ぶのが好きだ。
行こう。
遊ぶだけ遊んで、飽きるほど喋って、眠りたいだけ眠って、うんざりするほど一緒に居て、喧嘩するだけ喧嘩して、仲直りしてまた喧嘩して遊んで眠って。明日のことなんてどうでもいい。
行こう。
およそ3キロメートル / 2007年11月7日
東急東横線の学芸大学で降りて武蔵小山へ向かって歩く。商店街をサラリーマンの群衆が駅へ向かって歩いてくる。細くて静かな商店街に、無数の靴音だけが雨の音のように響き渡る。薄暗くなって来ている。
サラリーマンと逆行して歩いているので、歩きにくくて仕方がない。
商店街沿いの裏道へそれて、再び武蔵小山の方へ向かって歩く。
だんだん車が増えて来て、目黒通りへ出た。
「あの、すみません」
目黒通りを渡ったところで、唐突に話しかけられた。
「学芸大学駅まで行きたいのですが、道がわからなくて」
「この道を真っ直ぐ行ったところですよ。T字やY字なってますけど、道なりに行ったら踏切にぶつかりますので、左手が駅」
「どうもありがとうございます、行ってみます」
手ぶらで歩いていたから、地元の人と思われたのだろう。さらに歩いて目黒本町図書館まで行く。二階のソファで待ち合わせだ。あいつはどうせまたあの絵本を読んでいるんだろうな。帰りは途中で食べて帰ろう。武蔵小山駅前のチープな商店街で買い物して帰ろう。あの500円のトースターまだあるかな。
夕暮れ時に歩くのは楽しい。
昨日 / 2007年11月6日
徹夜明けに目黒川沿いを歩いて行き、山手通りを渡ってフラフラと代官山まで辿り着いた。美容室で待ち合わせをしていたのは今日だったはずだと、うつろな頭で考えながら行ってみると声を掛けられた。
「おはよう。ひどい顔色ね」
「あ、おはよう。待ち合わせって今日だよな」
「待ち合わせなんてしたことないくせに。さっき電話してきたからここへ来たんじゃない」
「おれが電話したか?」
「また寝てないんでしょ。少し歩きましょ」
そう言って裏通りへ入って行く。ひどい道に古い建物。あちこちで工事もしていて、不安定だ。古い建物と新しい建物がごちゃ混ぜになっている。
「いいね、この混沌とした雰囲気」
「でしょ。自分と同じものを感じるんじゃない?」
「はははは、ほっとけよ」
といって笑いながら歩く。
自分が自分でいられる場所というのを身を以て知った。
「仕事はいいのか?」
「やっぱりカオスね」
「このまま渋谷まで歩こうぜ。途中にインド人がやってる美味しいカレー屋があるんだ」
「あはははは、インドとか余計にカオスでいいわね、いきましょ!」
「おれよりおまえの方がカオスだろ」
「んー、お互いさま」
お互いさまなのかな、とは思うが本人がそう思ってくれるのならそれでいい。なんの駆け引きも何の損得もない関係はこんなに楽なのか。居ても居なくても困らない関係はこんなにも楽なのか。
携帯電話で通話しかできなかった一瞬の時代が、今となっては懐かしい。
開かない扉 / 2007年11月5日
「もう開かないよ、この扉。閉めて鍵を掛けたからね。やっぱり開けるんじゃなかっただろ。言うことを最初から聞いておきゃよかったと後悔してるだろ。鍵は砕いて今は鉄の塊さ。もはや開けようもない。開けて後悔をしたくらいなら、開けないであれこれ想像していた方が、ずっとずっと楽しかっただろ。ははは、だから言ったのに、バカなやつ。門番のおれの言うことを聞いていりゃ、今ごろはまだ楽しめたというのに、ははは」
一度にそれだけ喋ると、ドアノブは小さくなって消えた。ドアノブさえ不要だというのか。バカなやつはおまえだ。扉はひとつとは限らないだろ。
記憶の巣 / 2007年11月1日

広尾の有栖川宮記念公園で二人でベンチに腰掛けて、ひたすら喋ってひたすら沈黙。
ふと思い出して気紛れに聞く。
「仕事はいいのか?」
「こんな真っ昼間に呼び出しておいて、人の仕事の心配するなんてどういうつもり?」
「真っ昼間だから公園も気持ちいいじゃん。仕事休んで大丈夫ならよかったけど」
「順番が違うわよ」
「喜んでるくせに」
「まぁね」
公園は長閑だ。ランニングしているおじさん。意外と人は多い。渓流のように作られた小川に池。空はボンヤリとした薄曇り。雰囲気を間近に感じながら、取り留めのない話をゆっくりしていると肌寒くなって来た。
「寒いな。行こう」
「どこへ?」
「そこのナショナルスーパーで買い物。そして駅前のカフェで休んで、あ、駅そばにあったインテリアショップ覗きたい。そして井の頭公園へ行こうよ」
「また公園?ちょっと遠いわよ。めんどくさい」
「まぁいいじゃん、吉祥寺でご飯食べようよ」
「それなら渋谷の青龍門でご飯は?」
「あ、ついでだしそうしようか」
「で、どうせ食べ終わったら吉祥寺まで行く気なくなってるでしょ」
「多分ね」
「いいわよ、ついていくわ」
「そういえば、おまえこのあと予定は」
「ほらまた順番が違うわよ」
「ははは、本当だ。嬉しいくせに」
「まぁね。このあとの予定はあなたと一緒よ」
「それは奇遇だな。それじゃ行こうぜ」
他愛無い会話。懐かしい会話。
井の頭公園へは行った。
いつか有栖川記念公園へも行こう。