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2007年総括 / 2007年12月28日
31日は更新しないと思いますので、今年は今日で終わりです。

今年は年頭から色々ありすぎました。ほとんど毎月、やたらと身近に死がありました。併せて、変な忙しさがあって徹夜が多い年でした。いやー参った参った。

デザイン業界からぼんやりと今年の音楽業界を見ていると、昔のデザイン業界にあった大変革の様相を呈して来ています。CDの売上は急速に右肩下がり、楽曲はネット配信や着歌フルでの配信へウェイトが移ってきています。ネットだけで火がついて、iTunesStoreだけで売上を伸ばして、話題作りに成功しているアーティストも出てきて、いよいよCDの販売方法や価格、権利周りの管理方法や各種契約形態などの再考を迫られて来ています。それで今年はツアーやイベントなどのライブが多くありました。多くのレコード会社はプロダクションとの共同原盤という形で原盤権を持っているはずですので、CDの売上の他、演奏による使用料の分配金も多少は期待できるといったところなのかもしれません。レディオヘッドの売り方などは衝撃でした。一定の知名度があったからできる技とはいえ、多くのアーティストが同じ事をやり出したら、それこそ大変な事になります。次は波媒体です。通信速度のブレイクスルーとコストの低下とパソコンのハイスペック化で媒体の流れが大きく変わってきています。きっと2008年はレコード会社やテレビ局の提携とコンテンツプロバイダの台頭が起こるのではないかなという気がします。

とはいえ蓋を開けてみなければわからないのが世の中なので、楽しみです。

今年も、平穏で当たり前の年越しができればと思います。
良いお年をお迎えください。
なにもないを得た / 2007年12月26日

達観などしてない。
諦観もありはしない。

常に足掻いている。
どっちが上でどっちが下か、どこが前でどこが後ろかも分からないような白く濁ったぬるま湯のなかで、醜くひたすら足掻いている。

何かを求めているんじゃない。満足しないことで足掻いている。

足掻くのを邪魔するな。
溶ける。

汚らわしくても、醜くても、無意味でも、遠回りでも、無駄でも無責任でも無理でもとにかく足掻き続ける。

不格好だと指をさされてもいい。目を背けられたって構わない。

どこへ行くのか知らないし、どこかへ行くものなのかも気にしてはいない。

ひたすらに足掻く。

それを見て、人が己の存在価値を見出だすのならそれでもいい。バカにして自分はアイツとは違うんだと安心すればいい。アイツはいいよな、と自分の都合で羨んだっていい。

足掻くのはおれだ。
冗談じゃない。

全然足りない。
足りたと思ったことなどない。
まだまだまだまだまだまだまだまだ足りなさすぎる。満足など知らない。

だから疲れる。
だから嫌になる。
だから駄目になる。
だから破壊したくなる。

安定は物事の終局。

知らなかったか?
それじゃ、今それを知ったわけだ。

安定を求めるのは終わりを得ようとするのと同じ。
輪の直径 / 2007年12月25日

過ごした時間は濃密。
だけど思い返すと稀薄。

ほらまた今年が終わり。
また来年が始まり。
そして今年になってまた終わり。

続いていると思ってる?

違うよ。

繰り返しているんだ。
過ぎて行っていると思っているのは今だけで、グルグル回ってまた同じところへ辿り着くんだ。決して変化しない。上へも下へも先へも後へも。

続いていってどこかへいくものじゃない。
ただグルグルと純粋に繰り返している。

違うよ。

見えない先へ向かって突き進んで行くんだよ。

違う。

連続性なんてない。あると思っているだけ。
連続性があるように見せかけているだけ。

繰り返しに気付いて、そこから抜け出すんだ。
モチベーション / 2007年12月21日

ゼロ。
煮え湯 / 2007年12月20日

いちいち一つ一つに腹が立つ。

古くて息苦しく空気を吐く暖房の音。
毎時ごとにチャイムを鳴らす時計。
少しの振動でやかましく鳴り響く無意味なセキュリティ。
激しく破壊する工事音。
道を行き交う無駄に音だけ大きい車。
隣りの家のテレビの音。
いらない仕事の電話。
廊下を出入りする人の足音、扉の音。

イライラしたくてしてるわけじゃない。
諫められると鼻白む。
諭されると逆撫でされる。

眼球が痛い。

吐き気がするこの痛み。
おまえにわかるか。
わかるか。

わかった振りをして、諭すんだろ。
わかった振りをして、正論を滔々と述べるんだろ。
わかった振りをして、解決策を計算しているかのように。

そうやって自分も騙している。

左の眼球が痛い。
ここに居ると痛くなる。
痛い。
ゆらゆら / 2007年12月19日

楽しさも嬉しさも悲しさも苦しさも多い方がいい。

心踊る素敵な感情も、気持ち沈む切ない感情も、感じることができるならば、それがきっと幸せということ。

プラスだとかマイナスだとかで測るものじゃない。感じることができれば、それが幸せ。

それが証。
それが彩。
それが糧。
それが幸。

それが心。
それが人。

傷ついて感じることをやめたら、それは虚無。

すべて自分のこと。
傷は印。

本当の幸せも、本当の不幸も畢竟同質。

普通でいるのが難しい、歪んで狂った世の中で、正気で居るつもりが狂気の真っ直中。狂ってやがる。いかれた頭を懸命に巡らせても、出て来る答えは。
無明。

どうせなにしても責められるなら、何もしないのがいい。
どうせ幸も不幸も同質なら、何も感じないのがいい。
どうせ昨日も今日も明日も同じなら、どうでもいい。

それだけ割り切れるわけないじゃないか。
嫌なものは嫌だ。

傷付いてもいい。
傷付けてもいい。
裏切ってもいい。
裏切られてもいい。
失ってもいい。
得てもいい。
辛くてもいい。
悲しくてもいい。
嬉しくてもいい。
気持ちよくてもいい。
感情に振り回されていい。
暗くてもいい。
明るくてもいい。
大人でいい。
子どもでいい。
バカでいい。
賢くていい。

否定なんて誰でもできるだろ。
肯定することから始めろよ。
受け入れることから始めみろよ。
何でもかんでも否定して拒絶して責めて責めて押しつぶして、何が残った。

ゆらゆら泡沫。
滓。
知らないよ / 2007年12月14日

ことの善し悪しは知らない。何が善くて何が悪いなんて決められるような存在じゃない。

善し悪しの価値基準は自分の中にある。自分で信じて自分で選ぶことが大切。

多くの意見が正しいと限らないのは知っているだろ。人の意見はそれぞれの主観に影響を受け、己の都合のいい話だけを抽出してしまう。

価値基準を持たぬのなら、それを育めばいい。
価値基準を持たぬから、流され迷い立ち止まる。

育むのは簡単。ことの善し悪しに囚われなければいい。誰かに褒められるためにやっているのか。誰かのために生きているのか。
誰かのために。

その誰かは常に自分。
利己的なんじゃない。
自己中心的なんじゃない。
自分がいてのすべて。
自分がいての関係性。

あれもこれもなんて都合が良すぎるだろ。
言葉意味乖離齟齬 / 2007年12月13日

意味なんてないよ。
欲しければ用意しよう。
信じたい真実を用意しよう。

思い込みと、偏見と想像で、公正な真実を見極めることができないなら、解りやすくて納得しやすくて誰もが喜ぶ真実と言う名の解答を用意しよう。

嘘なんてつく必要もないのに。今、嘘をついてもそれを忘れるくせに。

どうして真実という嘘を欲しがる。それに意味なんて何もないのに。真実は変化する。真実は人にある。自分を自分と認識しているその意識は真実だと、どうして言い切れる。

重ねた年月は過去となり、それは紛れもない真実。忘れたならば真実は消える。過去は自ら省みることでしか、見えない。

自分がいつも正しいとでも思ってるのか。正しいとは何に対して正しいんだ。自分だろ。自分が正しいと思っているからという根拠で他人にそれを押しつけているだけだ。主観で狭窄化された二元的な価値観を、それと知らずに振りかざす様を幾度も見ていると、反論がそれこそ無意味なオメデタイ奴でしかないことに気付く。

意味を求めたら、すべてが崩れ去る。意味なんてない。意味を求めたら、用意される。用意された意味は無意味だ。

意味は求めるものではない。
意味なんてない。

自分がしたいようにしたいときにしているその時がすべてだ。衝動的な行動は反射反応と同様で一時的な意味しかない。その衝動を越えた後に積み重なる過去こそが、意味だ。これこそが真実だ。

衝動は消費。
退屈しのぎ。

言葉は尽くせば尽くしただけ真意から乖離して行き、齟齬が生まれ、歪む。
こう、ね。 / 2007年12月12日

いびつなんだよね、普通と違って。
完璧なものって飽きるんだよ、結構早く。
でも、ほら、こう少し癖があると、飽きは来ない。

良いこと?
悪いこと?

そんなことに拘るなよ。
どっちだっていい。
良いも悪いも同じなんだよ。
神だって無差別に殺戮をする。
自然だって無差別に殺す。

何が正しいとか、何が正しくないとか、外に基準を探さないで、自分で感じればいいんだ。そうすると、完璧なモノって何であれ飽きるだろ。つまらない。正論がつまらないのと一緒さ。誰でもわかる誰でも知ってる誰でもできる。特徴がない。個性がない。優劣がない。善悪がない。つまり無意味さ。あろうがなかろうが、印象に残らない、感動しない、ただのモノ。

良い悪いなんていうのは忘れて行こうよ。
激しく嫌悪されてもいい。
激しく憎悪されてもいい。
激しく妬まれてもいい。
激しく疎まれてもいい。
激しく罵倒されてもいい。
激しく愛されてもいい。
激しく慕われてもいい。
激しく求められてもいい。
激しく殴られてもいい。
激しく抱きしめられてもいい。

感情がよく動く分、時間は濃密。
感情がよく動く分、印象は激烈。

全ての時間は必ず過去になる。
激烈な印象が多い分、積み重なる過去は多く深く濃い。

それって楽しいじゃないか。
豊かなことだと思えないか。

自分勝手と罵ってくれ。
自己中心的だと責め立ててくれ。
利己的だと殴り倒してくれ。
鬼畜生と唾棄してくれ。
そして、人としての道を説いてくれ。

全ての事象はおれの糧だ。
いびつだろ。
楽しいんだぜ。
淡い期待は霧散して / 2007年12月11日

昔に持った期待は儚く霧散した。いずれは来るだろうと期待した日々は、遠い先の夢だと知った。現実の大きな流れは夢を脆くも押し流し、ただの過去へと変えていく。

もういい。
諦めと失望は何度も味わい、麻痺している。

もういい。
その先の結果もきっとまた同じ。だから麻痺している。

もういい。
自分でやらなかったから悪い。

もういい。
もういい。

足踏みは、もういい。
考えるのももういい。
言うだけももういい。
評価なんてもういい。

なんでこんなに見えない鎖だらけなんだ。おれは自由じゃないか。普通と比べるな。比べて満足を強制するな。それは満足じゃなくて諦めだ。そんな擦り替えはたくさんだ。

育ったやつらは一人も残らず、結局何も変わっていないのが現実だ。過去と比べてささやかな満足を得られたところで、無意味なのは分かっているはずだ。過ぎた時間で得たものは、過ぎた時間に相応しくない。この程度だったと諦められるわけがないだろ。

もう一度始める。
立て直し。やり直し。
今はその準備期間。だからまだ頑張れる。

誰のためでもない。
自分がしたいことをする。

自分のことは、希望も期待もする余地はない。
現実は。

打算なんて聞きたくない。
ささやかな希望が叶わないことへの。
現実なんて。
よちよち歩く / 2007年12月10日

少しでも成長を知りたい。
少しでも手応えが欲しい。
少しでも幸せを感じたい。
少しでも優越感が欲しい。

そういうとき、自分の過去と比較する。
そういうとき、他人の不幸を比較する。

そういう基準でしか実感できないから、比較対象を探す。ニュースで他人の不幸を知って、自分の幸せをかみしめる。過去の自分の汚点を振り返り、今と比較して手応えを感じる。

昔より仕事があっていいじゃないか。
昔よりお金があっていいじゃないか。
昔より人がいっぱいいていいじゃないか。
昔よりやりたいことができるからいいじゃないか。

相対的な尺度を用意すると、そこから進めなくなる。
足踏みを始める。相対的な尺度は主観で比較対象を選り分けている。今より悪いところだけを抽出して、比べて、安心している。

そんなことで前に進めるわけがない。
そんなことで成長できるわけがない。

ふと気付くと、そんな自分を嘲笑う過去の自分が居る。
牙も爪も棘も欲も殺がれて抜け殻になっているんだと、今の自分を過去の自分が嗤う。

嗤い声が高く響く中、唇を噛み締めて血を流す。
口の中に広がる血の味が、現実感。

目覚めたら口の中一杯に血の味が広がっていた。
口をゆすいだら、水が真っ赤になった。

もう慣れた。
/ 2007年12月7日

冬の匂い。
どんよりと重たく灰色に垂れ込めた雲。吹きすさぶ寒風。黒い街。

「蒲田の本屋行かない?」

「雪が降りそうだぞ」

「降ってきたら嬉しいな」

言いながら家を出る。
駅までの道のり、池上通り沿いのアーケードを歩いていると雪が降り出した。

「あ、雪降ってきたぞ」

「やった!なんか嬉しい!!」

積もりそうな雪だ。
雪が黒い街を覆い隠してくれればいいのに。
雪が覆いつくして、全部まっしろにしてくれればいいのに。
雪が覆った場所は入れなくなればいいのに。
雪が降ったら、白くなればいいのに、溶けると黒くなる。
溶けると汚い。
溶けると汚い。

遠くに見える山の雪はいい。
ただ白い。黒い山を白くする。
ただ白い。汚れていても見えない。
ただ白い。

山から雪が流されてくる。
学校の帰り道、雪が舞うなかを山へ登った。
通ってきた道が少しずつ雪に覆われていく。歩いたあとは白くなる。歩いたあとは、ただ白くなる。冷たい風が心地よく胸を刺す。

雪の中、座って目を閉じる。
山の音と自分の鼓動だけが頭に響く。
心地良い。

静かだ。
複雑に絡まった糸はあやとり / 2007年12月6日

仕掛けは簡単。
問題も実は簡単。
それを複雑に絡めていくのは自分の指。自分自身。他人が上手く取れば、新たな視点、新たなカタチ。下手に取ると絡まってコブになる。

コブを彩りにする?
邪魔なモノにする?

糸は個性という意図を持った糸。
コブの数だけ歴史になる。

夜に山道を歩いていると、道の脇から動物の足音がする。狸か。こいつに化かされたら、おもしろい土産話ができる。

「はっはっはっは、いやスミマセン」
貼り付いた笑顔に常に一定の笑い声。

「課長がこう仰ってますので、ここは一つ」
脂ぎった担当者が口元だけ笑顔で言う。

「いえこちらのミスですので、スィー、でもトラックはもう出てしまっているそうなので、スィー、拠点で止めてもらって、スィー、なんとか調整してみます」
やたらと歯の間から息を吸いながら、営業マンが現場とのやりとりをする。

「ズルズル、ゴホ、こちらも原因をズル今夜これから究明にあたりますのでズルズル休んでいて出てきたらこんなことになっていてゴホッカッズルッ、申し訳ないですズル」
印刷屋の担当者が鼻声で言う。

「それで、納期は?」
と、改めて聞く。

「物理的に無理だというのはこちらも承知してますので、役員会議に間に合えば、はっはっはっは」
「そういうことですので、ここは一つ」
「スィー、そうですね週明けには、スィー、実利用は年明けですか」
「ゴホゴホズル、週明け大丈夫ですズルズル」
「宜しくお願いします、はっはっはっは」

最近の狸はリアリティが違う。

電話が鳴る。
「あたしを丸め込まないでよ」

化かし合いなどしていない。丸め込むつもりもない。
だから、複雑に絡まってもすぐに解ける。
コブになったらそれは彩りだ。
密度は反比例 / 2007年12月4日

急げば急ぐほど、視野は狭くなる。焦れば焦るほど、時間の密度は薄くなる。

いつも車であっという間に通り過ぎる道も、歩いて見ればいろいろな物が見える道。

密度が高い人生を求めると、とかく衝動や思い付きで動く。するとすべての行動の結果が瞬く間に手に入り満足してしまい、衝動がなぜ起きたかも忘れ、その結果も忘れ、経験すら忘れ、最終的には何も残らず、スカスカの薄っぺらい無意味な人生になる。

落ち着いてじっくり一つ一つを見ていくと、一瞬一瞬は想像を絶するほどに濃厚で、二度と手に入らないもの。それでも時間が足りない。足りない。足りないと思い、焦る。焦るとどんどん時間の密度が薄くなり、焦っていることに気付く。それを繰り返している。

ま、いいかな。
決まりなんて / 2007年12月3日

習慣にはしたくない。習慣にしたら当たり前になる。当たり前になったら、あるのもないのも同じになる。

いかれてる頭だから、ここにいるんだろ。

役目なんてない。
役目を背負い込んで責任を自ら用意して、居る必然性を欲しがっているだけ。

もういいじゃん。
なにしてんの。
いつまでも。

寒い。
暗い。

説明を求めて喋っている訳じゃないよ。

ねぇ、気付いてる?
世の中がとんでもない方向におかしくなっていってることに。
まともでいられるわけがない世の中になっていることに、気付いている?

でも世間がよしとしたら、おかしい世の中もおかしくない。

それが怖い。

一人一人は違和感を持ちながら、閉塞感を感じながら、全体は緩やかに破滅へ向かって行く。

集団に寄り添い、世間に寄り添い、必要とされることに寄り添い、個人は社会に属する。個人主義はズレていった。二極化の始まり。

ここでまともな神経で居る方が狂っている。
これが当たり前と言える神経は狂っている。

嫌なものは嫌だ。
なにをどう言われようと、自分を曲げてまで世間を必要とはしない。
自分を曲げてまで何かを必要となどしない。

「みんな我慢して頑張ってるんだよ」
「みんなそこに幸せを見出しているんだよ」

嗜虐的にしか見えない。
それが幸せか。それが自ら欲したことなのか。それが自分のやりたいことなのか。それがおまえの人生なのか。それが歴史なのか。それが満足なのか。それが基準か。それが幸せか。それが幸せか。

社会に必要とされ、求められ、役目を請け負うのが幸せか。

泥沼でも汚くてもクズでもゴミでも、幸せはそれぞれの価値観で求めるものじゃないのか。一つの価値観のもとで幸せを求めるのは、教義という名の押しつけだ。社会宗教。

宗教ごと乗っ取って、教義を変えてやる。