見えない視点 / 2008年11月26日

いろいろな視点がある。
批判的だったり肯定的だったり。
論理的だったり抽象的だったり。
そうした様々な視点は、見た人がいる数だけある。
それだけの視点を生み出す文化があるということだと思う。
それは多様性の一つ。
見られるものは、様々に見られるだけそれだけ個性的だという証だと思う。
変哲のないツヤツヤの球体だったら、どこから見ても同じでしょ?
でも少しいびつになったら、見る位置で変わっちゃう。
視点が増えて、意見が増えて、それがバラバラのことを指し示したとしたら、それはとてもいびつなものを見ているということ。
いびつなのは、マルという誰が見ても同じ物とは違いすぎるから、異質でいびつだと思うだけで、それは強烈な個性ということだと思う。
時代とともに人の美醜の感覚は移ろい行く。
その中で変わらず愛でられる美を持つ自然って、学ぶことが多すぎて、様々な視点を検討するのがバカバカしくなるほど圧倒的。
でも自然に美醜を感じ取るのは、人の視点。
そこに強制はないし、その視点の評価に全く無頓着。
だから、私は樹でありたい。
私は花でありたい。
私は風でありたい。
そして全てであることを知る。
時間はね / 2008年11月14日

ないと思えばないし、あると思えばある。
みんな必死に何を求めてるの。求めないと求めることを求めるし、何もしないでいると何かすることを求める。
何がそんなに怖いのか。
不安が無いのが不安なのか。
やることがないと不安なのか。
必要とされないと、己の存在意義を見いだせないのか。
依存しちゃ駄目。
依存したら、それのせいにしてしまう。自分の頭で考えて納得して自分の足で進んでいかないと、自分が出した結論ではないと、失敗や後悔を依存した対象の責任にしてしまう。それじゃいつまでたっても同じところに居ることになる。
それって乗り物と同じ。
どれだけ長距離を移動しても、姿勢は一緒。移動した分、環境は変わっても自分自身は何もしていない。事故が起きたら、乗り物のせい。
乗り物を捨てて、方角もわからずただひたすら歩いているのが人生じゃないのかな。
どこへ行きたいか決めるのは自分。
そこへ向かうために歩くのも自分。
星を目印に、月を目印に、太陽を目印に、歩いていく。
大きな街を通り抜け、山を越え、峠を越え、歩いていく。
時間や年月を数える必要は、本当はないんだ。
おまえには見えるか。
あの山の先にある未来が見えるか。
あの雲の先にある未来が見えるだろうか。
そこへ行くことができるのは、おまえの足だけ。
さあ、行こう。
人の道を生きる / 2008年11月13日

正しいことがわからないと、迷う。迷いは不安を呼び、不安は心を狭くして押しつぶしていく。不安を取り除き、迷いを捨て、正しい道を得ると、自信を持って進んでいける。自信があるから、心も広く懐も深く、伸びやかになることができる。
正しい道は、正しい心で見える。
正しい心は、正しい魂が示してくれる。
正しい魂は、正しい器で響く。
正しい器は、正しい食で鳴る。
正しいとは、儀礼的なものではない。身体に良いとか悪いか、健康を案ずるものでもない。リズムとバランスだ。生き物のリズムとバランスに則って、自然の摂理の中に身を委ねてそれを知ることが、正しいことだ。
社会に正しくあることが、正しいことではない。
社会の枠組みに収まることができないだけで、社会からは犯罪者扱いされたり、だめ人間扱いされたりする。社会という集団の中で生きるには、枠組みに従わなければならない。従うことができれば、居心地がいいはずだ。与えられた「幸せ」という定義通りの「幸せ」を得て満足できるだろう。その枠組みが徐々に歪んでいっている。その歪みに合わせることはない。そんな歪みに合わせてやることはないだろう。
人の幸せや苦しみは、それぞれの人の中にある。迷うことはない、自分の信じた道を自信を持って進んでいけばいい。迷いがあるから、人の言葉に惑わされて不安に思って立ち止まる。
変化した後のことなど、変化する前に想像することはできない。
歴史がそれを物語る。
それの繰り返し。
社会のペースに合わせることはない。
自分のペースを見つけて、一つずつ進むこと。社会はそれをノロマだとか要領が悪いだとか言うだろう。自分たちはこうして合わせてやってきたのに、などと責めるかもしれない。でも、気にすることはない。合わせてみたくなったら合わせてみて、嫌になったら自分の道に戻れば良い。
無責任だというかもしれない。でも、そもそも何に対して無責任だのだろうか。一人を無責任だと責めるのならば、制度の無責任さや国家の無責任さを放置してきたこと自体が無責任ではないのだろうか。それともこれは飛躍だろうか。何をどうしたら責任を全うしたと言えるのだろうか。これは詭弁なのだろうか。
ここまで閉塞感と絶望感にまみれた時代で、誰が何を責めたところで建設的な結論など望むのは難しいだろう。足を引っ張り合うだけの政府と方向性の定まらない政策。形骸化しきっている民主主義。たった60年で形骸化。骨抜きにされた文化。
正しい道がわからないから、迷って悩んで不安に苛まれて動けなくなる。
自分の道は自分が知っている。
自分の心が知っている。
見栄を捨て、欲を捨て、己の道を見つけて自信を持っていけばいいのだと思う。
社会のペースに合わせる必要もある。
他人のペースに合わせる必要もある。
自分のペースを押し通す必要もある。
でもどれもバランスを見失ったら瓦解する。
きちんと食べて、きちんと眠って、きちんと活動して、星のリズムに乗れば、波に乗れる。