搾り取られた感情はもはやそれが何だったわからない。
もう、わからない。

作りたい、形にしたいイメージが山のようにある。次から次に止めどなくあふれてくるイメージ、音、泡。
泡なのか。
ただ湧いて出て消えていく、泡なのか。
泡が消えてまた次の泡が生まれ。
涙になる?
たとえば、衝動的に終わりを迎えても、それが幕引きだとわかるのか。
時間はすべて流れきって、残りは滓ばかり。つまり、何らかの意味づけを行って解釈しようとしても、そんなことはまるっきり無意味な試み。無駄だ、無駄。無駄に時間を費やすのは愚かだ。徹底的な愚行だ。形にされないイメージが波動の洪水となり襲いかかってくる。幾つもの波に揉まれてその力は相殺され、泡だけになる。その泡は、消えるだけ。消え去るだけで存在の意味すら無意味だ。
つまり、なにをどうしようが、無意味で無駄で愚行だ。形にされないイメージを抱えて沈んでいくだけ。それならば枯れ木に花でも咲かせていればいい。その花は、咲くだけ。咲くとイメージされるだけで、現実と乖離した夢想なのだと言うまでもない。
無聊の慰みにはなろう。
苦しみなんてないさ。
光も届かない深い深い海の底。水圧で感覚など無い無い無い。光がないから眼もいらない。外からの刺激は無い無い無い。外からの刺激がありすぎる。その刺激に反応するミキサーが壊れている。違う。ミキサーを動かしていなかったら、ギアの噛み合わせがおかしいんだ。無理にでも動かせば、また滑らかに心地よく機械的に動くはずだ。その時間が無い。無い。無い。無い。
無いなら考えない方がいい。
それでミキサーを、しまいこんだんだった。
ボクには不要だ。触る隙が無い。
破裂する泡。
それを抑える力。
まだ抑え込めるのか。
この力に抗えるのか。
いつまで保つのか。