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リソース不足 / 2009年6月26日

人一人が使用できるリソースの上限は決まっているというのにも関わらず、そのリソースをギリギリまで使用してしまっていて、にっちもさっちも行かない今日この頃。

インプットに対して、アウトプットが追いついていません。
ならばインプットを調整すればいいのですが、呼吸や鼓動みたいに自律的なものなので、現在のインプットがいわばゼロなので調整しようがありません。

どうせ泡沫のことならば、全て邯鄲の夢であればいいのに、とも思います。

従順なのはいいけれど、隷属とは絶対に違う。
カンブリア紀 / 2009年6月6日

二十万くらいで、高画質な動画撮影ができるようになってきました。低コストで編集やコンポジなども可能になってます。良質な脚本やプロットはわりとゴロゴロと転がっているのは、出版編集者やディレクターなどがネットを漁りまくっているのを見れば自明。そしてアウトプットの場としてYoutubeやニコ動などが定着している感が既にあります。地デジと競合するにも関わらず、携帯でもYoutube見れるってのがイロイロ露呈しているように見えます。

で、今は放送局の本質的な役割を問われてきているような気もします。
歯切れ悪いのは勘弁。

映像媒体の変遷としては、写真から派生して映画がまず大衆向けに告知媒体になって、それがテレビに移り変わって定着という感じですかね。

そして、写真、映画、テレビがそれぞれのカテゴリで70年代後半ぐらいに再定義されたところに、パソコンが一般化していって、インターネットっていうまた違うジャンルの媒体が成長してきたと見ることができます。で、これから先、多分十年くらいかけて、それぞれの媒体を社会的に再び定義し直す時期になるのかなと思います。

いわゆるデジタル化が進んで、ネットワークが発達してという過程で、まず最初に競合したのが紙媒体でした。十五年くらい前には「新聞や雑誌がなくなる」なんていう極端な論調もありましたが、紙媒体は無くなることはありません。そもそも本質的に違う媒体なので、一部競合はあれど、向き不向きってものがあります。

情報媒体としての向き不向きを見極めれば、残りますが、広告費云々のあたりでは今までのやり方では厳しいのは、新聞雑誌などへの日本全体の広告費が極端に沈んでいることからわかります。ここ数年はありとあらゆる雑誌が無期限休刊になっています。そして、雑誌はジャンルを尖鋭化することで、ターゲットをハッキリさせて、広告主に出稿するメリットがわかりやすいようにしたようです。

やがてネットワークのバックボーンが太くなり、光ケーブルも一気に普及すると時を同じくしてパソコンそのものの普及も一気に進んで、スペックもアホみたいに向上してしまいました。そしてちょっと前までは「パソコンの動画なんて小さくて汚くて遅い」だったのが「DVDより綺麗」ということになってしまいました。

これ、ほんと「なってしまいました」っていう感想。
そしてこれがもう当たり前になっている自分がいます。
浸透するにはまだ数年はかかると思いますが、「テレビが地デジだから何」ということになってしまいます。ここで、出版業界の未曾有の大不況(というより尖鋭化という名の淘汰の様相)から学べることを学んでいる人たちは、放送業界でも尖鋭化に対応するために動いているようです。ただ、放送局としては身動き取れないので、今のゴールデンタイムなどは酷いことになっているようです。

ここで、媒体としての多様性が凄まじいことになっています。

放送は地デジが控えているので、それに向けて動きながら他との連携を模索している感じがプンプンします。また出版は携帯コンテンツも含めて、連携を始めて、なんとなく手応えが出てきている感じです。新聞が取り残されていますが、ここは情報源としての有用性があります。ラジオは既にその役割がハッキリしています。ブレなければいいようです。

インターネットというか、それを利用した端末っていうのは制作サイドからでも利用サイドからでも、限りなくフラットです。だからこそ、難しいのですが、だからこそ使い方次第とも言えそうです。情報のカンブリア紀とでも言いたいくらい、多様性に溢れすぎてて、いったいどれがどうなるのやら、十年後が楽しみです。