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2009年の終わり / 2009年12月31日

年末年始に限らず、どうもいまいち昔っから年中行事ってぼんやり見てる感覚が強いんで、実感がどうのとかいうより、ほうほうなるほど、と見てるだけといっ
た具合です。楽しいか楽しくないかと聞かれると答えにくいですが、正論を言えば楽しい楽しくないじゃなくて、儀式だろ、ということになるので、鼻白むこと
間違いなし。

ま、ぶっちゃけさ、楽しければなんでもいいわけで、酒が呑める酒が呑める酒が呑めるぞーっていうわけでしょ。非日常を楽しむってやつね。これって日常が安定して送ることができている人が楽しむことができる特権だと思います。私は結局この年末年始は集中的にコーディングしていて、クリスマスはおろか年末年始気分もなにもありません。山ごもりに近いくらい、日付も時間も感覚が曖昧。なによりテレビが無いので、なんの感慨もないしまつ。淡々と数字だけが時を刻む部屋で黙々と集中して制作に没頭です。味気ないことは全然なくて、非常に充実しています。

ずっと沼の中で足掻いていましたが、足の先が何か足場みたいなものに少しかすったぞ?といった時期です。その足場に体重を乗せたら沈むかもしれません。足場のようなものだと勘違いしているだけかもしれません。

そんなこと知ったことではありません。
結果が見えていることなら、私は手を出しません。
保険があるなら辞めます。

何もない。
常に何もない。

確固たるものは自分が信じる道だけで、それ以外は何もない。
その道だってあるのかないのかわからない獣道です。

だからといって、私はそっちへ行きたいのだから無理矢理にでも進んで行くだけです。

さようなら2009年。
00年代が終わります。
ようやく終わります。

みなさん良いお年を。
2009年が終わる / 2009年12月29日

なんだか実感が全然湧きません。
時間は着実に移ろっていきます。

ブログも書き散らしたなりに、丸4年経過しています。最低でも月に1回は更新してるのは、我ながらギリギリだなとは思います。そして、大阪へ引っ越ししてから満10年が経ちました。仕事を始めてからは、あと数日で満15年です。

たった15年。

15年前に「できればいいのに」って思っていた環境が目の前にあります。そしてその上で次のステップへ行くことができます。つくづく、凄い時代になったものだ。

道筋をつけるのは簡単ですが、細かい実務は苦手です。
その辺は得意な人に任せるとして、道筋つけて大ざっぱにでもどんどん前に進んで行きます。

こんなに混沌としてて面白い時代って、たぶん終戦直後以来なんじゃないかな。
これは他にもあてはまる / 2009年12月29日

某サイトで携帯電話とiPhoneと、その機能と違いについて書かれている記事を読みました。

曰く
「iPhoneについている機能は既に日本の携帯電話に搭載されている」
「その違いは、アプローチにある」
といったようなものでした。

携帯電話に限らず、他の「人が直接使う物」全てに「アプローチ」が当てはまるように思います。

携帯電話には今や機能が盛りだくさんですが、その機能のうち使っている部分ってほんの一部だと思います。ボクの場合だったら、通話、メール、web、カメラ、ゲーム、アドレス帳、GPSといったところでPCサイトビューアは使っていませんし、ゲームも待ち受けにできるもの限定で継続性はありません。GPSにしても、他にないから、という消極的選択によってです。だから、不便でも仕方なく使っているにすぎません。

同等の機能があって、使いやすく工夫がされていたら、そちらを使うのは道理です。

機能が優れているんじゃなくて、使い勝手が優れているものを選んでいます。
ハードに搭載できる機能をどういうアプローチで組み合わせて、使い方を提供するか、という考え方なんじゃないかなと感じます。

i-modeが登場して、携帯電話でメールができるようになったころ、誰が携帯でメールするかと思っていましたが、今は普通です。

当時、ボクやある一定の年代はPCでメールは普通でしたので、その価値観で携帯のメールを見ると、不便な代物でした。ところがそのころはまだ家にパソコンがない、あってもネットに繋がっていないというのが一般的で、そうした人たちにとって、馴染みのある携帯でメールというのには抵抗がなく、すんなり広がっていきました。だから「携帯でネット」という文化ができました。

ネットそのものも、情報共有・伝達といった本質は変わりませんが、その見せ方はまだまだ過渡的です。ホームページの形を顧みれば、どれだけ流動的に動いているかがわかります。そのため、端末に依存する、携帯でネットというのは、もっと過渡的です。パソコンはブラウザがネットの全ての端末化に向かっていっています。そして「ホームページ」という概念そのものも、あやふやになって来つつあります。新聞や本の様に、ずっと有り続ける媒体ではなくて、今後も変化を続けていく媒体です。もっと正確に言えば、媒体が変化するのではなく情報の見せ方のアプローチ、演出が変化するということです。携帯もパソコンもiPhoneも、単なる端末であって、どの端末を利用するかで、情報との接触のアプローチが変わる、すなわちサービスの成り立ち方、利用の仕方が様々に変わると感じられます。

なんていうと大げさな気もしますが、ネットもテレビも媒体として差違はあれど、受け取るのは人なので、コンテンツのアプローチの仕方に創造性とリソースをもっともっと費やして、如何に提供するかというのが大事なんじゃないかなと思います。

結局これって、体験を売るっていうことなんだと思います。

体験して初めてわかるものなので、機能とかデザインとかそういうところで比較しても本質からずれっぱなしになります。携帯でメールをするのが億劫になるくらい、iPhoneのインターフェイスは優れています。キーボードが無い端末には否定的でしたが、フリック入力を体験して今は全く逆です。携帯のキーボードを押すなんて面倒臭い。

こういうアプローチって、デザインなんですよね。