近場で、と思い京都府亀岡市の神社に行きました。京都市内は慢性的に観光客が多くて大変なので、地域をずらしたわけです。大阪からそんなに遠くあるまいと思って出たのですが、ちょっと甘かった!ということに気付いたのは帰りになってからでした。
さて、大阪からは京都駅まで行ってそこからJR山陰線に乗り換えて亀岡より先、千代川で下車です。亀岡といえば保津川下りで有名です。先日、落石事故があったようですが5,6年前に保津川下りに行ったことがありました。見た目は地味ですが、想像以上に楽しめますので川下りが再開されたら是非一度行ってみることをおすすめします。本当に地味ですが、トロッコ列車で行くとなおいいでしょう。
さて、千代川駅で下車して千代川を渡り、山に向かって歩きます。
まぁだいたいあっちだろうな、という無計画ぶりで歩いていったものですから当然のように道に迷いました。迷ったので景色を良く見ました。周りは青々とした美しい水田です。その水田に青空が映ってそれがまた美しく、道に迷ってることなど忘れてしまいました。空からはパラグライダーで降りてくる人がいたり、水田で虫取りかなにかをしてるおばあさんがいたり、長閑です。
そんなのを見ながら歩いているうちに、出雲大神宮への看板を発見して無事に辿り着くことができました。
出雲大神宮の御祭神は、もちろん大国主命です。元出雲という通称もあるそうです。この神社の後ろにある千年山という山がご神体ということになっています。出雲大社から大国主命を勧請したとされていますが、逆に出雲大社が出雲大神宮から勧請を受けたという説もあり、丹波国風土記には「大国主命御一柱を島根の杵築の地に遷す」という記述があります。
大量の磐やご神体が山そのものという古代信仰の特徴がそのまま残っているあたりは、奈良桜井の三輪山と同じで古くから信仰の場であったのではないかなと思えます。それを遙拝する形で拝殿を造りそれが社殿になったのでしょう。社伝では709年に社殿建立と伝わっているとあり、国史では818年に名前が出てきていて、すでにその時代の有力神社であることを伺わせています。現在の社殿は足利尊氏により1345年に改修されたもので、国の重要文化財に指定されています。
大国主命が祭ってあるところには、必ず少彦名命がお祭りされています。
あ、あと神社があって池があったら弁財天も祭られています。
じつにおおらかです。
古事記の国譲り伝説の本意はともかく、縄文後期〜弥生頃の出雲は特殊な地域であったみたいで、大和朝廷は出雲にたいしてやたらと気を遣っています。三輪山の大物主(大国主)や出雲大神宮もそうですが大国主命が天照大神の兄弟の素戔嗚尊の息子(孫)という設定もその辺を伺わせています。個人的にはそういう昔の政治的な内容はどうでもいいのですが、記紀成立の頃にはすでに政治的な目的による歴史改竄ということが当たり前に行われていたことを考えると、げっそりします。
ちなみに、出雲大神宮の近所には600年頃に作られた前方後円墳があります。継体天皇の時代、伝統的な前方後円墳であることから大和政権との関わりを示しています。